同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
「T大卒で、一類採用。現在は会計課だと」
横で聞いていた百合子が呆れたように夫を眺めて言った。
「卓ちゃん、部下に調べさせたんでしょう。私のときと全く同じじゃない」
そして夏樹に向かって、申し訳なさそうに両手を合わせた。
「引かないでね。この人、悪気はないの」
「なんの話だ……」
「それそれ! そういうところなのよ、権力者さん」
夏樹は笑うに笑えず、目を泳がせた。
「それにしても、すごい才女ね。なのにこんなに可愛らしいなんて」
百合子が向き直り、夏樹にぱっと明るい笑顔を向けた。
「いっ、いえ……」
「どんな風に育てたらあなたみたいなお嬢さんになるのかしら。ご両親にコツを教わりたいわ」
「うちの息子たちはもう手遅れだがな」
「あははは! そうだったわ」
「……」
夏樹は呆気に取られていた。
あっけらかんとした明るい母親と、それに真顔で笑いを取る父親……。
……日向君は、このふたりの元で育ったんだ。
それを知った――その特別感に体温が上がった気がした。
「君はうちの息子でいいのか?」
警視監が声を落として聞いてきた。まるで夏樹の方を心配しているかのようだった。
ちら、と隣を見ると、日向は神妙な顔で黙っている。……父親の言葉を否定しないどころか、肯定しているようにしか見えない。
「わ、私は宗一郎さんに選んでいただけて、とても光栄に思っています」
本心だからか、つい言葉に力がこもった。
「あら」
誰よりも早く百合子が反応した。
「あなたほどの女性なら引く手あまたでしょう? わざわざこんな平凡な子とつきあわなくたって」
……平凡? 日向君が?
夏樹は自分の耳を疑う。
「……母さん」
日向が焦った様子で制しようとするが、百合子は悪戯好きな子供のような表情で畳みかけた。
「女の子の喜ばせ方なんて知らないでしょうに。夏樹さん、この子といて退屈じゃない?」
「た、退屈なんて、感じたことはありません」
「ええ? 信じられなーい」
「母さん……勘弁してよ」
自由すぎる母親に日向もたじたじだ。
「だって、いっつもぼーーーっとしてるじゃない?」
……え、ぼーーーっと、って。
夏樹は困惑してうろたえる。
周囲が日向を『高嶺の花』だと思っていることを、知らないのだろうか。
「何が嬉しいんだか悲しいんだか、さっぱりわからないじゃない。ちっとも反応しないんだもの」
「ハアーー」
日向が夏樹の横で深い息を吐いた。
「ほらほら、こうやってすぐ不機嫌になるでしょう? いいの? こんな子で」
「大丈夫です!」
……感情豊かな日向君を私は知っている。
夏樹は思わず、自信満々に声を上げた。
言い切った夏樹を日向が嬉しそうに見つめてきた。
そんな日向を見て、百合子が驚いたように瞬きをしている。
「――まあ、だが良かった」
警視監が太い声で会話に入ってきた。
「宗一郎は誰とも結婚できないと思っていたから、これで肩の荷が下りた」
「それは、本当にそうね!」
百合子も音を立てて手を叩く。
両親ふたりで頷き合っている。
「!」
夏樹は本気で驚いた。
こんなにハイスペックな息子の評価が、なぜ低いのか。
……っていうか、結婚?
ただ『彼女』を家に連れてきただけなのにそこまで話が飛ぶんだ……。
夏樹は、ちら、と日向を見た。
日向に反論する気配がない。
……この空気、結婚の許しをもらったみたいな流れなんだけど。
「夏樹さん、連絡先交換しましょ」
百合子がスマホを向けてきた。
「あっ、はい」
反射的に夏樹もスマホを出してしまった。
操作しながら、ここで接点を作っても大丈夫なのか? とよぎるも、この場では従うこと以外できるはずもなく、言われるがまま結局交換してしまった。
――「いつでも遊びに来なさい」
数時間滞在した後、両親に玄関先で見送られ日向邸を後にした。
*
「……終わった、ね」
歩道に出た瞬間、夏樹はほっとして呟いた。
無事に終わったと実感したら、遅れて心臓がバクバクしてきた。
「任務完了だね!」
日向のために役目を果たせたことが嬉しかった。
「……」
ふと、日向が黙っていることに気づいた。
隣を歩く日向を見上げた。
日向はすぐに笑顔になった。一瞬見えた曇った顔は気のせいだったのかもしれない。
「ありがとう。――《《結城さん》》、完璧だった。本当に感謝してる」
「…………あ、――うん」
「緊張させてごめんね。さあ、慰労会をしよう! 今日はフレンチを予約してるから」
「――楽しみ」
夏樹は笑顔を返した。
自分の歩幅が小さくなっていることには気づかなかった。