同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
出勤してすぐ、夏樹は日向の姿を探した。
だが今日も会うことはできなかった。
地域課は予定通りにいかないことが多い。呼び出しがあって出動したのかもしれない。
「おはようございまーす」
琴音の明るい声に振り向く。
「おはよう」
夏樹は笑顔で返した。
「――昨日は上手くいったようね」
その表情から察して言うと琴音は両手を口元に当て、肩を揺らして笑った。
「わかります? つきあうことになりました」
「おめでとう」
心から祝福すると、琴音はたっぷりと言った。
「これで権限ゲットです」
「権限?」
琴音は指を一本ずつ折った。
「大切にされて、嫉妬できて、触れる、とかですね」
「なるほど」
夏樹は脳内でそのまま日向に当てはめた。
……日向君は『偽装彼女』だった私にも優しかった。『本物の彼女』ならどれほど大切にするんだろう。……そうだ、彼女なら、嵐のように現れて惜しまれながら去っていった純のことも、嫉妬が許されたんだろうな。
……。
夏樹は、自分の手のひらに視線を落とした。
……日向君と繋いだ手、……触れた腕。
恋人なら、もっとその先へも――――
夏樹は慌てて想像を止めた。
立ち上げたパソコンに向き直る。
……し、仕事だ。仕事しよう。うん。
夏樹は雑念を追い出すように、片手で頭の横を払った。
*
昼休憩の食堂で、夏樹が食べ終えてから舞華が入ってきた。業務が立て込んでいたらしく疲れが見える。
舞華は夏樹をみつけて寄ってきた。
「お疲れ」
労いながら、夏樹は隣の椅子を引いた。
「お腹空いたあ。ナツは今日、何食べたの?」
舞華が夏樹の前にある空のプレートを覗く。
「アジフライ定食よ」
答えると、「いいなあ」と言いながら母親特製の弁当を手早く広げた。
相変わらず美味しそう――と眺めていると、同席していた先輩たちが「じゃあお先ね」「ごゆっくり」とトレイを持って席を立った。会釈で見送った直後、舞華が「そういえば」と話し始めた。
「今日ひさしぶりに桐さんに会った」
「へえ」
夏樹は相槌を打った。
「操作でエラーが出るって、困って聞きに来たのよ」
「あらら」
「ナツがいた頃はしょっちゅう来てたよね。異動したら来なくなったけど」
「情報関連の連絡担当じゃなくなったんじゃない?」
「ううん。まだ担当だよ――あの頃さあ、ナツの手が空くまで待ってたよね。他の人でも答えられるのに」
「私が一番下だったから聞きやすかったんでしょう」
舞華が意味ありげな視線を投げてきた。
「ナツはさ、今の方が桐さんとの接点は多くなったんだよね」
「会計課はどの課とも繋がりあるからね」
舞華の質問の意図が分からないが、とりあえず答えた。
「外勤が多い課だし、行けば桐さんに会えるってわけでもないでしょう?」
「……そうだね」
取締りや事故対応でいないことの方が多い。
「一階と二階だしねえ」
「……」
「……」
……で?
舞華の視線が何度も絡んできて、夏樹はたまらずに焦れた。
「なに? 桐さんとマイマイ、何かあるの?」
「ええ?」
舞華は身を引いて声を上げた。
「私じゃないでしょう!」
「マイマイじゃない? だったら誰の何?」
なんだか会話が噛み合っていない。
舞華がジタバタと手を振った。
「もう! まだ隠すの、ナツ」
「隠すって……なにが……」
舞華は箸を置き、右手を口元に立ててひそひそ声を向けた。
「ナツの好きな人、桐さんでしょ!」
!
……なんだって?
夏樹はぎょっとして舞華を見つめた。
「ちょっと待って。なぜそんな誤解を?」
「誤解?」
夏樹は大きく頷いた。
桐は確かに親切で喋りやすい警察官のひとりだ。だが特別な接点はない。
「うそお」
舞華は勘が外れたことにショックを受けていた。
……私の方が、ショックよ、
夏樹は両手の指先でひたいを支えた。
「じゃあ、ナツの好きな人――誰?」
舞華は直球で聞いてきた。それも顔をくしゃくしゃにして。
「ぷっ」
可愛い顔に似合わなくて、ウケてしまった。
「――相変わらず仲がいいなあ、ふたり」
「!」
「!」
頭上から降ってきた声に一瞬で動きを止める。
情報管理課の頃の先輩たちだった。
同僚の登場に舞華が咳払いをした。
「……」
この中には、夏樹が左遷されたときあからさまに態度を変えた職員もいる。けれども夏樹も、何事もなかったかのように“淑やかな”笑顔で取り繕った。