同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
沈んだ気持ちで一階フロアに戻ると、琴音が同情を含んだ目で夏樹を見た。
「先輩……、その様子だと、《《やられた》》んですね」
席に着いた瞬間、言われた。
琴音が椅子ごと近づいてきた。
小声が落とされる。
「瑞木さん――ですよね、先輩の落ち込んでる理由」
!
夏樹は思わず聞いていた。
「どうして分かったの……」
そして本音を漏らしたことに慌て、指先で唇を閉じた。
ハア、と琴音は大袈裟に溜息をついた。
「だから言ったでしょ。日向さんが交通課に異動になった時、そろそろはっきりさせたほうがいいですよ、って」
「……」
言われた……けれど、
「でも……ね……」
夏樹は無意識に耳たぶを触った。
日向からもらったタンザナイトのピアス――
あの日、日向と見たピアスが、まさか自分の元へやってくるなんて想像もしなかった。
……だから、
もう、勘違いじゃ、ないよね?
日向とは《《たぶん》》両想いだ――と思いたい。それをはっきりさせるために告白しなければ――と分かってはいても、なかなか勇気が湧いてこない。
……『偽装彼女』おつかれさま。
そんな意図でプレゼントされたピアスだってことも、あり得るのよね。
その可能性もまだ捨てきれないのだ。
もしただの勘違いだったら、この先友達でいることも、偽装彼女の役も、もう二度とできなくなってしまう。
「……」
夏樹は緩んだ頬を沈ませた。
「もしかして、琴音ちゃんが心配してた理由って、“彼女”のことだったの?」
「そうですよ!」
琴音は小声のまま語気を荒ませた。
「前に話しましたよね。飲み会で日向さんが『勘違い女をばっさり切るの爽快だ』って」
「うんうん、言ってた」
あの時夏樹は、琴音が“誰かひとりを思い浮かべて言っている”という印象を持った。
「その人が瑞木さんですよ」
「あ……」
……そうか、日向君にモーションかけてたのって瑞木さんだったんだ。
改めて瑞木志緒を瞼の裏に呼んだ。
胸元まであるストレートヘア、厚みのある唇、目の下に涙ぼくろがある。年下だが、自分の何倍も色っぽい。
「あの人、えげつないですから、ほんと、気をつけてくださいねっ」
どんな風に……?
と聞こうとした時、係長に名前を呼ばれた。
「――結城」
「はい」
夏樹は、琴音とのこそこそ話を切り上げてデスクへ向かった。
「これを保管室の原田係長に届けてきてくれ」
夏樹は封筒を受け取った。
「わかりました」
歩き出しつつ、保管室宛は普段、署内便や連絡ポストに入れるのにな、と思った。
……ま、いいか。
夏樹は裏通路から屋外へ出て、倉庫棟へと歩いた。
今日はすっきりとした秋晴れで気持ちが良い。
空を仰いで、次の休日のことを考えた。
……日向君を誘ったら、会ってくれるかな。
まだ、偽装恋愛の設定以外で、休日を共にしたことはなかった。
……それも含めて、賭け、よね。
夏樹はそっと拳を振った。
鉄骨の扉の前に、作業服を着た職員がしゃがみ込んでいた。
ドアの建てつけになにかあるのか、地面に近い場所で作業している。
夏樹は小走りに近づいた。
「おつかれさまです」
職員が夏樹の声に立ち上がった。
「原田係長をお願いします」
「原田は私ですが」
夏樹は素早く首に掛かるIDカードを目視した。氏名欄には『原田』と書かれている。
「失礼しました」
証拠品保管室には定年後に再任用された元警察官が数人配置されている。定期的に異動もあり、面識はなかった。
「頼まれていたものです」
夏樹は上司の名前を出して、封筒を手渡した。
「確かに受け取りました」
夏樹は一礼して身を返した――そして終わった仕事のことは頭から離した。
――「結城、おまえ、封筒どうした」
終業間際、係長に固い声で聞かれた。
「はい?」
「保管室に届けるよう頼んだだろう」
「原田係長に渡しましたが」
「確認したところ、受け取っていないそうだが」
「そんなはずは……」
夏樹は意味が分からず、瞬きをした。
「おまえ、またやったのか」
「!」
その言葉に夏樹の呼吸が浅くなった。
周囲の視線が集まってきた。
夏樹は……落ち着いて、と自分に言った。