シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―
 夕方。

 直充は。

 事務室の前まで来ていた。

「…………」

 昨日とは違って。

 明かりは点いている。

 中には。

 職員がいる。

 昨日。

 旧棟で見つけたものです。

 そう言って。

 渡せばいい。

 それで。

 自分の手から離れる。

「…………」

 直充は。

 鞄の中へ手を入れた。

 指先が。

 木箱に触れる。

 そのとき。

 聞き覚えのある声。

「梨来さん、これってここでいいですか?」

「んー? ちょっと待ってね」

 柔らかな声が。

 返ってくる。

 直充が顔を上げる。

 奥から。

 ふわりとした茶色の髪が見えた。

 梨来だった。

「あ」

 直充に気づく。

「直充くん」

 柔らかく笑う。

「どうしたの?」

「…………」

 直充の手は。

 鞄の中。

 木箱に。

 触れている。

「先生」

「うん?」

 言えばいい。

 古い資料室で。

 時計を見つけました。

 それだけ。

 けれど。

 昼間の出来事が。

 頭をよぎった。

 もし。

 あれが。

 本当に時計と関係していたら。

「…………」

「直充くん?」

 梨来が。

 少しだけ。

 首を傾げる。

 直充は。

 木箱に触れていた指を。

 ゆっくり離した。

「……いえ、何でもないです」

「そう?」

「はい」

 梨来は。

 直充の顔を見た。

 ほんの少し。

 間があった。

 けれど。

「そっかぁ」

 それ以上は。

 聞かなかった。

 直充は。

 小さく頭を下げる。

「失礼します」

「うん。またね」

 事務室を離れる。

 廊下を歩きながら。

 直充は。

 鞄へ視線を落とした。

「…………」

 渡せなかった。

 誰かに渡して。

 もし。

 あの出来事が。

 また起きたら。

 そう考えたら。

 手を離せなかった。

 自分が見たものが。

 本当に。

 まだ起きていない出来事だったのか。

 分からない。

 時計が原因だったのかも。

 分からない。

 仕組みも。

 何も。

 分からない。

 だから。

 自分からは。

 使わない。

 確かめない。

 そして。

 何なのか分かるまでは。

 誰かに触らせることもしない。

 それが。

 今の直充にできる。

 一番まともな判断だった。

 鞄の中。

 木箱に収められた。

 金色の懐中時計。

 かち。

 かち。

 かち。

 針は動かないまま。

 小さな音だけが。

 鳴り続けていた。
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