シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

5.普通にしただけ

 数日後。

「梨来さーん!」

「はーい」

 廊下の向こうから元気な声がして、梨来は抱えていたファイルから顔を上げた。

 ぱたぱたとこちらへ走ってくる女子学生。

 希美だった。

「どうしたの?」

「聞いてください! 今日の一限、寝坊しました!」

「うん?」

「起きたら終わってました!」

「それは……寝坊だねぇ」

「そうなんです!」

「私に言っても、一限は戻ってこないよ?」

「分かってます! でも誰かに言いたかったんです!」

「じゃあ、聞くよ」

「梨来さん優しい!」

 希美がぱっと笑い、梨来もつられて笑った。

 こういう時間が好きだった。

 任務とも、世界の危機とも、危険物とも何の関係もない。

 寝坊した。

 授業に遅れた。

 お腹が空いた。

 好きな人がどうした。

 友達と喧嘩した。

 そんな小さな話が、梨来にとってはどれも少しだけ眩しい。

「それでですね、二限はちゃんと出たんですけど」

「偉いねぇ」

「普通です!」

「そこは普通なんだ」

「そうです!」

 希美が笑う。

 そのとき、廊下の向こうに見覚えのある姿が見えた。

「あ」

 背が高く、黒い短髪に細い黒縁の眼鏡。今日も飾り気のない服装で、一人こちらとは反対方向へ歩いていく。

「直充くん」

 ぽつりと名前が出た。

「え?」

「あ、いたなぁと思って」

「今、直充くんって言いました?」

「言ったよ?」

「知り合いですか?」

 梨来は少し考える。

「たぶん」

「たぶん?」

「何回か話したから」

「梨来さん、人間関係の判定ゆるくないですか?」

「難しいねぇ」

「難しいかなぁ」

 希美が首を傾げる。

 梨来はもう一度廊下の向こうを見たが、直充の姿はすでになかった。
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