シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―
 しばらくして職員が到着し、大きな被害はなかったことが分かった。

 原因は、古い電源タップの不具合らしい。

 発見が早く、火がまだ小さかったこと。そして直充がすぐにブレーカーを落とし、消火器を使ったことが幸いした。

「直充くん、ありがとうね」

「別に」

「…………」

「またですか」

「今度は聞かないよ」

「そうしてください」

 直充が小さく息を吐く。

「じゃあ、俺行きます」

「講義?」

「はい」

 梨来が時計を見る。

「あ、遅れそう?」

「走れば」

「走るの?」

「はい」

「…………」

 梨来は直充を見る。

 何か言いたい。

 けれど、もう無事でよかったとも、ありがとうとも、すごいとも伝えた。

「直充くん」

「はい?」

「……気をつけてね」

「何にですか」

「え」

「講義行くだけですけど」

「…………」

 確かに。

「じゃあ……走るの?」

「はい」

「転ばないでね」

「転びません」

「分からないよ?」

「そんなに信用ないですか」

「そういう意味じゃないよ」

 梨来が少し困る。

 すると直充が、ほんの少しだけ口元を緩めた。

「分かってます」

「…………」

 不意打ちだった。

 いつも真面目な顔をしている人が、ほんの少し笑った。

 ただそれだけなのに。

 梨来は一瞬、返す言葉を忘れた。

「じゃあ」

 直充が歩き出す。

「あっ!」

 突然、後ろから大きな声が飛んだ。

 直充が振り返る。

「名前!」

「?」

「名前聞いてなかったっす!」

「…………」

「俺、大我っていいます!」

「……そう」

「反応うっす!」

「何」

「いや、そっちも名乗ってくださいよ!」

「直充」

「直充さん!」

「…………」

「覚えました!」

「そう」

「だから反応うっす!」

「ふふっ」

 梨来が思わず笑う。

「先生?」

「ごめん。ちょっと面白くて」

 直充は少しだけ呆れた顔をして、今度こそ歩き出した。

「直充さん! また!」

 大我がその背中へ声を飛ばす。

 直充は振り返らず、片手だけ軽く上げた。

「……やっば」

「何が?」

「あの人、めちゃくちゃ格好よくないっすか?」

 梨来は遠ざかる背中を見る。

「うん」

 答えてから。

 止まった。

「…………」

 大我が梨来を見る。

「今、格好いいって言いましたよね?」

「え?」

「俺が『格好よくないっすか』って聞いたら、うんって」

「…………」

 確かに。

 言った。

「……そうなのかなぁ」

「いや、俺に聞かれても!」

 大我が笑う。
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