シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―
「先生」

「うん?」

「これ」

 直充が鞄から書類を取り出す。

「提出、ここでいいですか」

「うん。見せて」

 梨来が受け取ろうとした、そのとき。

「直充さんって、梨来さんのこと先生って呼ぶんすね」

 大我が何気なく言った。

「…………」

 梨来の手が止まる。

 直充が大我を見る。

「何」

「いや、珍しいなと思って」

「何が?」

「先生って呼ぶのがっすよ」

「…………?」

 直充がわずかに眉を寄せる。

「何で珍しいんだ」

「え?」

 今度は大我が首を傾げた。

「いや、梨来さんのこと梨来さんって呼ぶ人の方が多いじゃないっすか」

「あー、確かに」

 希美も頷く。

「先生って呼ぶ学生もいますけど、梨来さんは名前で呼ばれてることの方が多いですよね」

「そうだねぇ」

 梨来が笑う。

 直充はまだ納得していない顔をしている。

「でも、先生だろ」

「…………」

 梨来が瞬きをする。

 大我も止まった。

 希美が直充を見る。

「梨来さん、先生じゃないっすよ?」

「…………」

 直充が梨来を見る。

「……先生じゃなかったんですか」

「え?」

「先生」

「私、一回も先生って言ってないよ?」

「否定もしませんでしたよね」

「……そのうち気づくと思って」

「結構経ってますけど」

「…………」

「…………」

 梨来は少しだけ目を逸らした。

「気づかなかったねぇ」

「そうですね」

「ごめんね?」

「何で疑問形なんですか」

「怒ってるかなぁと思って」

「怒ってません」

「そっか」

「…………」

 直充が眼鏡の位置を直す。

 その横で、大我がようやく状況を理解したらしい。

「え、じゃあ直充さん」

「何」

「マジで梨来さんのこと先生だと思ってたんすか?」

「ああ」

「へえー!」

 大我が直充を見る。

「なんか意外っすね」

「何が」

「直充さん、そういう勘違いするんだなって」

「最初にそう思っただけだ」

「で、そのままずっと?」

「訂正されなかったから」

「…………」

 直充が梨来を見る。

 梨来も見る。

「しようとはしたよ?」

「いつですか」

「何回か」

「できてないですよね」

「タイミングがなくて」

「そんなに難しい訂正ですか?」

「難しかったんだよぉ」

「『先生じゃないよ』で終わるでしょう」

「…………」

 言われてみれば、その通りだった。

「そうだねぇ」

「今気づいたんですか」

「ふふ」

「笑って誤魔化さないでください」

 梨来はまた笑った。
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