シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―
 最初は本当に訂正しようとしていた。

 けれど、何度かタイミングを逃しているうちに、いつの間にかそれが当たり前になっていた。

 直充が自分を「先生」と呼ぶことも。

 その声に振り返ることも。

「でも」

 大我が首を傾げる。

「なんで先生だと思ったんすか?」

「最初に事務室で会ったから」

「事務室で?」

「ああ」

「それなら普通、事務員じゃないっすか?」

「…………」

 直充が黙った。

「パイセン」

「やめろ」

「そこは俺も分かんないっす」

「聞いてない」

「なんか安心しました!」

「何が」

「直充さんにも抜けてるところあるんだなって!」

「帰れ」

「俺、褒めてるんすよ!?」

「どこが」

「親しみやすさ!」

「いらない」

「厳しい!」

 希美が吹き出す。

 梨来も耐えきれず笑った。

「ふふっ」

「…………」

 直充が梨来を見る。

「先生まで笑わないでください」

「うん」

 返事をして。

「…………」

「…………」

 二人とも止まった。

 大我が「あ」と声を漏らす。

 希美も笑いを堪えるように口元を押さえた。

 梨来が先に笑った。

「まだ先生だ」

「…………」

 直充が少し気まずそうに視線を逸らす。

「癖になってる」

「結構呼んでたもんねぇ」

「……すみません」

「謝らなくていいよ」

「でも先生じゃないんですよね」

「うん」

 分かっている。

 当然のことなのに。

 その言葉を聞いた瞬間、梨来の胸の中に小さな寂しさが落ちた。

「…………」

 もう。

 直充から「先生」と呼ばれることはない。

 最初は訂正したかったはずなのに、いつの間にか直充だけがそう呼ぶことを少し気に入っていた。

 他の学生とは違う、自分だけの呼ばれ方。

 そんなふうに思っていたことに、なくなると分かって初めて気づいた。
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