シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―
「いやー、面白かったっす」

 事務室を離れ、大我がまだ笑っている。

「何が」

「直充さんがずっと勘違いしてたこと」

「もういいだろ」

「梨来さんも結構っすよね」

「何が」

「ずっと訂正できなかったって」

「俺に言うな」

「二人ともなんか変っす!」

「お前に言われたくない」

「ひど!」

 二人の声が遠ざかっていく。

 梨来は事務室の前から、その背中を見送っていた。

「梨来さん」

「んー?」

 隣に希美が立つ。

「なんか嬉しそうですね」

「…………」

 昨日は直充に言われた。

 今日は希美。

「そう見える?」

「見えます」

「そっかぁ」

 昨日は。

 猫が見つかりそうだからかなぁ。

 そう答えた。

 でも今日は。

 理由がひとつだけ、分かる。

「名前、呼ばれたからかなぁ」

「え?」

「直充くんに」

「…………」

 希美が梨来を見る。

「今まで先生だったから」

「ああ、そういうことですか」

「うん」

 梨来は笑う。

「なんかね、ちょっと嬉しかった」

「…………」

「希美ちゃん?」

「いえ」

 希美がにやっとする。

「なんでもないです」

「何その顔」

「なんでもないですよ?」

「絶対なんかあるよねぇ」

「ないです!」

「ほんと?」

「ほんとです!」

 少し声が弾んでいる。

 梨来は不思議そうに首を傾げた。

 直充に会うたび、知らなかった気持ちがひとつずつ増えていく。

 昨日は、もう少しこの人のことを知りたいと思った。

 今日は、名前を呼ばれただけで嬉しかった。

 この気持ちがどういうものなのか、梨来にはまだ分からない。

 ただ。

 次に会ったときも。

 また。

「梨来さん」と。

 呼んでほしいと思った。
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