シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―
 普通だからいい。

 その言葉は。

 梨来にとって、ずっと前から本当だった。

 幼い頃から。

 梨来には、覚えなければならないことがあった。

 人の表情を見る。

 声色を聞き分ける。

 違和感を拾う。

 危険を判断する。

 必要なら迷わず動く。

 それは梨来にとって、特別なことではない。

 そういうものとして育ってきた。

 だから。

 ドラマの中で、放課後の学生たちが笑いながら帰る場面を見ると、なぜか目が止まった。

 漫画や小説でも同じだった。

 友達と寄り道をする。

 好きな人と駅まで帰る。

 事件も起きない。

 危険もない。

 何かを成し遂げるわけでもない。

 ただ一緒にいるだけ。

 そんな時間が。

 梨来には、ずっと眩しかった。

 何かを守るためでも。

 調べるためでも。

 演じるためでもない。

 ただ。

 自分がそこにいるだけでいい時間。

 大学へ来て。

 それがすぐ近くにあるようになった。

 学生たちは授業の愚痴を言う。

 昼休みに一緒にご飯を食べる。

 帰りにどこへ寄るか決める。

 くだらないことで笑う。

 だから。

 梨来もやってみたかった。

 それだけ。

 だったはずなのに。

「…………」
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