シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

12.図書館の日誌

 午後。

「これ、全部ですか」

 直充は声を潜めた。

 目の前には本の山。

 一段。

 二段。

 その奥にも、まだある。

 図書館の職員が申し訳なさそうに両手を合わせる。

「悪いね。途中まででもいいから」

「分かりました」

「助かる」

 小声で礼を言われ、直充は腕まくりをした。

 頼まれたのは、古い蔵書の整理だった。

 返却された本を棚へ戻すついでに、長く動かしていなかった本も分類し直したいらしい。

 人手が足りないから少し手伝ってほしい。

 そう頼まれた。

「…………」

 直充は一冊手に取る。

 分類番号を見る。

 棚へ戻す。

 次。

 また次。

 作業自体は単純だった。

 量が多いだけで。

 こういう作業は嫌いではない。

 黙々と本を運び。

 棚へ戻し。

 位置を揃える。

 しばらく続けていると。

「…………」

 視線を感じた。

 顔を上げる。

 棚の向こう。

 ふわりと茶色い髪が覗いていた。

「…………」

 目が合う。

 梨来が少し驚いて。

 すぐに笑った。

 声は出さず。

 唇だけが動く。

『直充くん』

「…………」

 直充も軽く頭を下げる。

 梨来が棚を回り、こちらへ来た。

 腕には何冊かの本を抱えている。

「何してるの?」

 近くまで来てから、小さな声で聞いた。

「整理頼まれました」

 直充も声を落とす。

 梨来が後ろを見る。

 本。

 本。

 さらに本。

「…………」

 直充を見る。

 また本を見る。

 梨来が眉を少し下げた。

『いっぱい』

 口だけが動く。

 直充が小さく頷く。

『いっぱいです』

「…………」

 梨来の肩が揺れた。

 声を出さずに笑っている。

「何ですか」

「ううん」

 囁くように返して。

 梨来が腕の本を持ち直す。

 直充がそれを見る。

「返却ですか」

「うん」

「持ちます」

「大丈夫だよ」

 梨来も小声で返した。

 直充は何も言わず、本を指差す。

 次に。

 返却カウンターを指差した。

『返すだけ?』

 梨来が目を瞬く。

 頷く。

『うん』

 直充が手を出す。

「…………」

 梨来はその手を見る。

 それから。

 上の数冊を預けた。

『ありがとう』

 直充が小さく頷く。

 二人で歩き出す。

 静かな図書館。

 ページをめくる音。

 遠くで本を棚へ戻す音。

 その中を。

 二人の足音だけが並んでいく。

「…………」

 梨来が隣を見る。

 直充も気づいた。

『何ですか』

 口だけで聞く。

 梨来は少し考えて。

『一緒』

「…………」

 直充が眉を寄せる。

『何が?』

 梨来が二人を交互に指差した。

『歩いてる』

「…………」

 返却カウンターを見る。

 もうすぐそこだった。

『すぐそこですよ』

 梨来が頷く。

『知ってる』

 そして。

 少しだけ笑った。

『でも嬉しい』

「…………」

 直充の足が僅かに遅くなる。

 梨来も自然に合わせた。

 二人の距離が、少しだけ近くなった。
< 80 / 97 >

この作品をシェア

pagetop