シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―
 事務室へ向かう。

 廊下を曲がる。

 少し先。

 壁際に。

 梨来が立っていた。

「…………」

 直充の足が止まる。

 梨来も気づく。

「あ」

 顔が。

 すぐに緩んだ。

「直充くん」

「……待ってたんですか」

「うん」

「先帰っててもよかったのに」

「一緒に帰るって言ったでしょ?」

「…………」

「一緒に帰りたかったから」

 直充が腕時計を見る。

 五時三十二分。

「すみません」

「二分だよ?」

「でも」

「私が待ちたくて待ってたの」

「…………」

「だから、謝らなくていいよ」

 梨来が少し笑う。

「それに」

「?」

「ちゃんと来てくれたし」

「…………」

 直充は梨来を見る。

「行くって言ったでしょう」

「うん」

 梨来が直充の鞄へ視線を落とす。

「整理、終わった?」

「途中です」

「そっか」

「また頼まれたらやります」

「直充くんらしいねぇ」

「そうですか?」

「うん」

 梨来はそれ以上聞かない。

「帰ろっか」

「はい」

 二人で歩き出す。

 並んで。

 昨日と同じように。

「…………」

 梨来が隣を見る。

 直充は気づかない。

 もう一度見る。

「…………」

「何ですか」

「あ、気づいた」

「見てたでしょう」

「うん」

「何でですか」

「ちょっと考え事してる顔」

「…………」

 直充が梨来を見る。

「そんなに分かります?」

「前よりは」

「…………」

 直充の足が僅かに止まりかける。

 梨来の口元が緩んだ。

「直充くんが言ってたでしょ?」

『前よりは』

 昨日。

 自分が梨来に言った言葉。

「……覚えてたんですね」

「会話くらい覚えてるよ?」

「…………」

 直充が小さく息を吐く。

「それ、俺が言ったやつでしょう」

「うん」

「使いました?」

「使った」

「…………」

「ちょうどよかったから」

「そうですか」

「うん」

 梨来が楽しそうに笑う。

 つられて。

 直充の口元も。

 ほんの少しだけ緩んだ。

「あ」

「…………」

 直充が前を向く。

「直充くん」

「何ですか」

「今、笑った」

「笑いましたね」

「…………」

 梨来が少しだけ隣から覗き込む。

「何ですか」

「もう一回は?」

「やりません」

「まだ言ってないよ?」

「分かります」

「前より?」

「前より」

「…………」

 梨来が笑った。

「そっかぁ」

「何ですか」

「嬉しい」

「またですか」

「うん」

 梨来は前を向いた。

「私だけじゃないんだなぁと思って」

「何がですか」

「直充くんも、私のこと前より分かってるけど」

 少しだけ間を置く。

「私も、直充くんのこと前より分かるようになってる」

「…………」

「それが嬉しい」

 直充は返事をしなかった。

 ただ。

 梨来を見る。

 昨日より。

 少しだけ。

 梨来のことを知っている。

 そして。

 梨来も。

 昨日より少しだけ。

 自分のことを知っている。
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