ことほぎの祈り
ショッピングモール
ついに迎えた、待ちに待ったお買い物当日。
カレンダーにハナマルをつけてカウントダウンしていたくらい楽しみにしていた私は、目覚ましが鳴る前に飛び起きた。
お気に入りの服に着替え、鏡の前で髪型をバッチリ整えて準備完了。
ワクワクで胸がいっぱいになり、心の中で軽やかなステップを踏みながら玄関に向かった。
ところが、いつまで経っても肝心の保名がやって来ない。
「どうしたの?」
振り返ると、保名はリビングの棚や引き出しをゴソゴソと漁っていた。
「あーいや……あった!」
「何が?」
保名が笑顔で振り返る。
その手には、人型に切り取られた白い紙人形が握られていた。
「これやこれ。探しててん」
「式神?」
お買い物のワクワク感でいっぱいだった私の頭に、巨大なハテナマークが浮かぶ。
いやいや、これから向かうのはおしゃれな服屋さんであって、妖怪退治の現場じゃないんだけど。
「何かあれば投げつけたらええ。俺の霊力を媒介に作ってるから、ある程度の結界は作れるで。セリフは覚えとるやろ?」
「あー、はいはい。幼少期に嫌と言うほど叩き込まれましたよー」
私や保名に霊力の扱い方や身の守り方や結界術などを教えてくれたのは当主様だ。
霊力のない私でも結界術を知っていればいずれ身を守る盾になるからと、手加減なしにしごかれた。それはもう、思い出して悪寒するくらいたんまりと。
「……でも、あれだけは二度とやりたくない」
「あはは……ノーコメントで」
保名はバツが悪そうに視線を逸らした。保名だって、当主様の精神的なスパルタ指導には相当参っていた口だ。
あの厳しい稽古の思い出は、私達にとって共通のトラウマと言ってもいい。
気を取り直して、私は手に乗せた紙人形を見つめた。
霊力がない私でも、保名が作ったこの媒体があれば術を起動できる。せっかくだから、ちょっと愛着が湧くような名前にしよう。
「……よし。今日はお買い物だし、あたたかい気分になれる名前にしようかな。……『おでん』!」
直感で思いついた名前を口にすると、私の手の上にいた紙人形が、ふわりと軽やかに宙へ浮かび上がった。
「よろしくね、おでん」
そう声をかけると、真っ白だった紙人形の表面に、まるで墨がにじみ出るように文字が浮かび上がってきた。
『よろしくお願いします』
『名付け』はことほぎで呪いなんだという。名前を与えることで、ただの物質だったものに個としての魂が宿るのだ。
「おぉ、すごい!本当に喋った……じゃなくて、字が浮き出た!」
思わずマジマジと至近距離で覗き込んでしまった。
私の手のひらの上で、ふよふよと頼りなく浮かんでいる紙人形。
『おでん』と名付けられたその真っ白な体には、手書き風の少し丸っこい黒文字で、はっきりと『よろしくお願いします、琴葉様』と浮かび上がっている。
なんだか和紙の質感も相まって、妖怪退治の道具というよりは喋る可愛らしいマスコットのようだ。
「可愛い〜!」
『マスコットじゃないっす』
おでんの身体に、シュバッと新しい文字が浮き出た。
どこかキリッとした口調を感じさせる字体だ。
「……はい」
マスコット扱いしたら、速攻で怒られちゃった……。
「おでん、案外プライド高いなぁ〜」
保名がクスクス笑いながら、おでんの頭っぽい部分を指先でツンツンと突いた。
『気安く触らないでほしいです。自分は琴葉様をお守りする高潔な式神っす』
おでんの身体に素早く文字が踊る。保名はお手上げといった様子で両手を広げた。
「作ったの俺〜……!」
『琴葉様を守るために作られたので、自分は琴葉様の式神っす』
「あかん、初めて式神に嫉妬したわ」
『心狭いっすね(笑)』
交差した視線上でバチバチと花火が散っているのが目に見えて、ハラハラする。
「ちょっと二人ともケンカしないでよ〜!」
私が慌てて二人の間に割って入ると、おでんはすっと私の胸ポケットに入った。ピョコっと顔を出す。
『琴葉様の護衛っすから』
「自分が作った式神になんで煽られなあかんの……?」
ガーンとショックを受けた様子で、保名が分かりやすくへこんでいる。
……なんだか、今日の一日は想像以上に賑やかになりそうな予感がしてきた。
✳✳✳
「うわぁ……すごい! 人がいっぱい!」
電車に揺られること二十分。私達は県内でも屈指の広さを誇る巨大なショッピングモールに到着していた。
ガラス張りの吹き抜け天井から明るい光が差し込み、店内にはたくさんのアパレルショップや雑貨屋、甘い香りを漂わせるカフェが立ち並んでいる。
「琴葉ちゃん、迷子にならんといてな?すぐどこか行こうとするから」
「子供扱いしないでよー。私はもう高校生です!」
「はいはい。手、繋いどこか?」
「繋がない!周りの友達に見られたら恥ずかしいでしょ!」
「えー、誰も見てへんって〜」
「見てるよ!ほら、あそこの女子中学生達が保名のことめっちゃ見てる!」
私が指差すと、保名は「あちゃー」とおどけてみせた。
相変わらず保名の顔立ちは目立つらしく、通り過ぎる女の子達がチラチラと振り返っている。
『琴葉様、あの女子生徒達の視線を遮断しましょうか?』
「え、どうやって?」
『保名様をあの人達に投げつけます』
胸ポケットで、おでんがシュバッと物騒な文字を浮かべた。
「本当にやめて!?」
「投げつけるって……俺を弾か何かにする気なん!?」
すかさず保名がツッコミを入れる。
『何言ってるんですか。琴葉様を守るために犠牲になってください。物事には犠牲がつきものっす』
「犠牲言うたで」
(保名、自分で作った式神に速攻で捨て身の弾丸扱いされてるよ……)
保名とおでんのやり取りがあまりにコントすぎて、私は思わず吹き出してしまった。
ショッピングモールの通路で、男子高校生が一人で言い争っている光景は、はたから見たらかなり怪しい。
周りを通る買い物客の人達が「あの人、何やってるんだろう……?」とチラチラ見てくる。
「も〜、二人とも目立ってるから静かにして! おでんも、保名を投げ飛ばしたら事件になっちゃうからダメだよ」
『琴葉様がそうおっしゃるなら……今回は見逃してやるっす』
「なんで上から目線やねん!俺がお前を作った親やぞ!?」
『親ならもっと大らかな心を持つべきっすね』
「お前ほんま……!」
ギャイギャイと噛み付く保名と、すました顔でサラリとかわすおでん。
「俺の霊力から生まれたはずやのに、なんでこんな性格ねじ曲がっとるんや……」
『術者の性格がねじ曲がってたからっすね(笑)』
「なぁ琴葉。悪いけど、おでんを燃やすゴミに出してええか?」
『短気は損気っす。まじウケる』
カレンダーにハナマルをつけてカウントダウンしていたくらい楽しみにしていた私は、目覚ましが鳴る前に飛び起きた。
お気に入りの服に着替え、鏡の前で髪型をバッチリ整えて準備完了。
ワクワクで胸がいっぱいになり、心の中で軽やかなステップを踏みながら玄関に向かった。
ところが、いつまで経っても肝心の保名がやって来ない。
「どうしたの?」
振り返ると、保名はリビングの棚や引き出しをゴソゴソと漁っていた。
「あーいや……あった!」
「何が?」
保名が笑顔で振り返る。
その手には、人型に切り取られた白い紙人形が握られていた。
「これやこれ。探しててん」
「式神?」
お買い物のワクワク感でいっぱいだった私の頭に、巨大なハテナマークが浮かぶ。
いやいや、これから向かうのはおしゃれな服屋さんであって、妖怪退治の現場じゃないんだけど。
「何かあれば投げつけたらええ。俺の霊力を媒介に作ってるから、ある程度の結界は作れるで。セリフは覚えとるやろ?」
「あー、はいはい。幼少期に嫌と言うほど叩き込まれましたよー」
私や保名に霊力の扱い方や身の守り方や結界術などを教えてくれたのは当主様だ。
霊力のない私でも結界術を知っていればいずれ身を守る盾になるからと、手加減なしにしごかれた。それはもう、思い出して悪寒するくらいたんまりと。
「……でも、あれだけは二度とやりたくない」
「あはは……ノーコメントで」
保名はバツが悪そうに視線を逸らした。保名だって、当主様の精神的なスパルタ指導には相当参っていた口だ。
あの厳しい稽古の思い出は、私達にとって共通のトラウマと言ってもいい。
気を取り直して、私は手に乗せた紙人形を見つめた。
霊力がない私でも、保名が作ったこの媒体があれば術を起動できる。せっかくだから、ちょっと愛着が湧くような名前にしよう。
「……よし。今日はお買い物だし、あたたかい気分になれる名前にしようかな。……『おでん』!」
直感で思いついた名前を口にすると、私の手の上にいた紙人形が、ふわりと軽やかに宙へ浮かび上がった。
「よろしくね、おでん」
そう声をかけると、真っ白だった紙人形の表面に、まるで墨がにじみ出るように文字が浮かび上がってきた。
『よろしくお願いします』
『名付け』はことほぎで呪いなんだという。名前を与えることで、ただの物質だったものに個としての魂が宿るのだ。
「おぉ、すごい!本当に喋った……じゃなくて、字が浮き出た!」
思わずマジマジと至近距離で覗き込んでしまった。
私の手のひらの上で、ふよふよと頼りなく浮かんでいる紙人形。
『おでん』と名付けられたその真っ白な体には、手書き風の少し丸っこい黒文字で、はっきりと『よろしくお願いします、琴葉様』と浮かび上がっている。
なんだか和紙の質感も相まって、妖怪退治の道具というよりは喋る可愛らしいマスコットのようだ。
「可愛い〜!」
『マスコットじゃないっす』
おでんの身体に、シュバッと新しい文字が浮き出た。
どこかキリッとした口調を感じさせる字体だ。
「……はい」
マスコット扱いしたら、速攻で怒られちゃった……。
「おでん、案外プライド高いなぁ〜」
保名がクスクス笑いながら、おでんの頭っぽい部分を指先でツンツンと突いた。
『気安く触らないでほしいです。自分は琴葉様をお守りする高潔な式神っす』
おでんの身体に素早く文字が踊る。保名はお手上げといった様子で両手を広げた。
「作ったの俺〜……!」
『琴葉様を守るために作られたので、自分は琴葉様の式神っす』
「あかん、初めて式神に嫉妬したわ」
『心狭いっすね(笑)』
交差した視線上でバチバチと花火が散っているのが目に見えて、ハラハラする。
「ちょっと二人ともケンカしないでよ〜!」
私が慌てて二人の間に割って入ると、おでんはすっと私の胸ポケットに入った。ピョコっと顔を出す。
『琴葉様の護衛っすから』
「自分が作った式神になんで煽られなあかんの……?」
ガーンとショックを受けた様子で、保名が分かりやすくへこんでいる。
……なんだか、今日の一日は想像以上に賑やかになりそうな予感がしてきた。
✳✳✳
「うわぁ……すごい! 人がいっぱい!」
電車に揺られること二十分。私達は県内でも屈指の広さを誇る巨大なショッピングモールに到着していた。
ガラス張りの吹き抜け天井から明るい光が差し込み、店内にはたくさんのアパレルショップや雑貨屋、甘い香りを漂わせるカフェが立ち並んでいる。
「琴葉ちゃん、迷子にならんといてな?すぐどこか行こうとするから」
「子供扱いしないでよー。私はもう高校生です!」
「はいはい。手、繋いどこか?」
「繋がない!周りの友達に見られたら恥ずかしいでしょ!」
「えー、誰も見てへんって〜」
「見てるよ!ほら、あそこの女子中学生達が保名のことめっちゃ見てる!」
私が指差すと、保名は「あちゃー」とおどけてみせた。
相変わらず保名の顔立ちは目立つらしく、通り過ぎる女の子達がチラチラと振り返っている。
『琴葉様、あの女子生徒達の視線を遮断しましょうか?』
「え、どうやって?」
『保名様をあの人達に投げつけます』
胸ポケットで、おでんがシュバッと物騒な文字を浮かべた。
「本当にやめて!?」
「投げつけるって……俺を弾か何かにする気なん!?」
すかさず保名がツッコミを入れる。
『何言ってるんですか。琴葉様を守るために犠牲になってください。物事には犠牲がつきものっす』
「犠牲言うたで」
(保名、自分で作った式神に速攻で捨て身の弾丸扱いされてるよ……)
保名とおでんのやり取りがあまりにコントすぎて、私は思わず吹き出してしまった。
ショッピングモールの通路で、男子高校生が一人で言い争っている光景は、はたから見たらかなり怪しい。
周りを通る買い物客の人達が「あの人、何やってるんだろう……?」とチラチラ見てくる。
「も〜、二人とも目立ってるから静かにして! おでんも、保名を投げ飛ばしたら事件になっちゃうからダメだよ」
『琴葉様がそうおっしゃるなら……今回は見逃してやるっす』
「なんで上から目線やねん!俺がお前を作った親やぞ!?」
『親ならもっと大らかな心を持つべきっすね』
「お前ほんま……!」
ギャイギャイと噛み付く保名と、すました顔でサラリとかわすおでん。
「俺の霊力から生まれたはずやのに、なんでこんな性格ねじ曲がっとるんや……」
『術者の性格がねじ曲がってたからっすね(笑)』
「なぁ琴葉。悪いけど、おでんを燃やすゴミに出してええか?」
『短気は損気っす。まじウケる』


