一夜限りの恋だったはずなのに、最強総長は息子ごと私を離してくれない。
それでも――。
「幸せだな……」
小さく呟く。
夏樹の頭に頬を寄せる。
「ママ、頑張るからね」
杏奈は知らない。
自分が今歩いている道の先に。
あの夜、自分が二度と会わないと決めた男がいることを。
そして――。
哉太も知らない。
自分が忘れられずにいる女が、ほんの少し離れた場所を歩いていることを。
まして。
杏奈が腕の中に抱いている小さな男の子が――。
自分の血を引く息子だということを。
「……夏樹」
杏奈は、眠る我が子を見つめる。
「もうすぐ帰ろうね」
そのまま歩き続ける。
一歩。
また一歩。
そして――。
角を曲がった瞬間。
「……え?」
杏奈の足が、止まった。
少し先。
街灯の下に、ひとりの男が立っている。
黒いバイク。
夜風に揺れる髪。
見覚えのある横顔。
心臓が、大きく跳ねた。