あの雨の日から、ふたりは
子猫の写真が並ぶ一角で、美織は長く足を止めた。
手のひらに収まりそうな黒い子猫。
耳が大きく、身体はまだ細い。
「……かわいい」
声が、明らかに柔らかくなる。
湊は写真より先に、美織の横顔を見た。
「大庭さん、ほんと子猫好きですね」
「好き」
即答だった。
「前に言ってましたね。飼うなら子猫からって」
「うん」
美織は写真を見たまま頷いた。
「でも今は無理だからね」
「仕事ですか?」
「そう。家はペット可なんだけど、帰り遅い日もあるし。
子猫って最初、本当に手かかるでしょう」
「そうですね」
「具合悪くなっても気づけない時間が長いの嫌だし。あと、
留守番も心配だし」
美織は少しだけ笑った。
「好きだからこそ、今は迎えない」
湊はその言葉を聞いて、一度だけ頷いた。
「やっぱり、そこ好きです」
美織が振り向く。
「そこ?」
「そういう考え方」
湊は写真を見たまま続けた。
「欲しいからすぐ、じゃないところ。ちゃんと相手の生活まで
想像して考えるところ」
「…………」
美織は一瞬、言葉に詰まった。
外見を褒められる時より、こういうほうが返しに困る。
自分が意識して選んでいることを、そのままこれでしょ、と
見つけられたような感じがする。
「……朝倉さん」
「はい?」
「そういうの、さらっと言いますよね」
「変でした?」
「変じゃないけど」
美織は少しだけ目を逸らした。
「ちょっと照れます」
湊はそこで初めて、思ったことをそのまま言いすぎたかも
しれないと思ったらしい。顔に書いてある。
「あ、すみません」
「また謝る」
「じゃあ謝らないです」
「即答、そして極端」
二人で顔を合わせて笑った。
*
展示を見終わる頃には、昼を過ぎていた。
「そろそろお腹すきましたね」
外に出て周囲を見渡して湊が言う。
「たしかにすきました」
「何食べます?」
「そこから?」
「そこからです」
「何か決めてたわけじゃないんだ」
「写真展しか決めてないです」
「潔い」
正直だ、と美織は笑った。
「じゃあ、歩きながら探します?」
「いいですね」
二人はそのまま駅とは反対側へ歩き始めた。
写真展へ行く。
今日決めていたのはそこまでだった。
昼食も、帰る時間も決めていない。
だからこそ、展示が終わった時点で「じゃあ今日はここで」
と別れても不思議ではなかった。
でも、どちらもそれを言わなかった。
まだ一緒にいてもいい。
二人とも、自然にそう思っていた。