あの雨の日から、ふたりは


 昼休み。

 いつものコンビニ。

 美織は真帆と店へ入り、弁当の棚の前で湊を見つけた。

 見つけた瞬間。

 胸の奥が、ぱっと明るくなる。

 朝会ったばかりなのに。

「いた」

 小さく口から出た。

「誰が?」

 真帆は聞き逃がさなかった。

 美織は一瞬だけしまったという顔をした。

「……湊くん」

 真帆の眉が上がる。
そしてにんまりと笑顔になる。

「ふうん」

「何」

「別に」

「その顔」

「何もしてないよ」

 真帆は美織の背中に触れてよしよししながら笑った。

 湊もこちらに気づく。

「あ、美織さん、お疲れさまです」

「お疲れさま、湊くん」

 声を聞くだけで嬉しい。

姿を見つけただけで、ラッキーな気分になる。

 そこまで単純になる自分を、美織は少し面白がっていた。


   *


「今日、何にします?」

狭い店内を近寄ってきた湊が聞く。

「うーん、まだ迷ってる」

「これ、新しいですよ」

 湊がおもむろに商品を取って見せた。

 美織はつい、その手を見る。

 まただ。

 気づけば手を見ている。

 湊もそれに気づいた。

「……また見てる」

 声が小さい。

 美織も小声で返す。

「だって、昨日までと見え方違うんだもん」

「え?」

 湊が聞き返す。

 美織はそこで、自分がかなり危ないことを言ったと気づいた。
ぽろっと、思っていたことが口から出てしまった事を。

「なーんでもない」

「今の気になります」

「忘れて?」

「無理です」

「それ好きだね」

「そりゃあ、美織さんが何回も言うので」

 やりとりに、可笑しそうにふたりで笑う。

 真帆は少し離れたところで、会話の中身までは聞こえない
ものの、二人がいつも以上に楽しそうなのを見ていた。

 そこへ、湊と一緒に来ていた瀬尾が合流する。

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

 真帆が湊さんの同僚だと頭の中のデータベースから
即座に思い出して会釈をする。

 瀬尾も軽く頭を下げてから、笑っている湊と美織を見る。

 そして、ゆっくりと真帆を見る。

 言葉にはしなかった。

 でも一瞬だけ、

 ――ああ、なるほど?

 という顔をした。

 真帆も同じように、

 ――そっちも気づいてる?

 という顔を返した。

 本人たちは気づかなかった。
自分の友人たちが、見守り隊になっていることを。


   *


 買い物を済ませてコンビニを出る。

 美織は真帆とこのまま真っ直ぐの道で会社へ戻る。

 湊と瀬尾は途中の横断歩道を渡る。

 なんとなく、4人で話しながら帰っていって別れる直前、

「午後も頑張ろ」

 美織が湊へ言った。

「はい。美織さんも」

 たったそれだけ。

 なのに、二人とも少し嬉しい。

 午後の仕事を頑張る理由としては、ずいぶん小さい。

 でも、小さいからこそ日常に馴染む。

そんなふたりの横で、真帆と瀬尾は目線を合わせてにやけた。


   *


 午後。

 美織は資料を修正している途中、
何気なく視線を動かした時、スマートフォンの通知に気づいた。

 湊から。

『午後の会議、長そうです』

 その内容に、美織はひっそりと笑う。

『寝ないでね』

『寝ません』

『信用しとく』

『それだけですか』

『がんばれ、湊くん』

 送ってから、美織は改めて画面を見た。

 たった一行ずつのやりとり。

 少し前なら、何も考えずはいはい、と送れた。

 今は……

 好きな人へ「がんばれ」と送った。

 それだけで、妙にくすぐったい。

 数分して返信。

『頑張れます』

 頑張るんだ、えらいな、と美織はまた笑った。


   *


 湊は会議室へ入る前、届いた返信を見た。

『がんばれ、湊くん』

 たったそれだけ。

 なのに、思っていた以上に効いた。

 名前。

 自分へ向けた言葉。

 好きな人から届いた、エール。

 それだけで、今日の長い会議が少しどうでもよくなる。

「朝倉、行くぞ」

 瀬尾に呼ばれて、ポケットにスマホをねじ込む。

「はい、今行きます」

「何笑ってんの」

「別に、なんでも?」

「はいはい」

 瀬尾はもう追及しなかった。
言わなくてもわかる。美織さん絡みだなと。
ご機嫌な表情に、遠巻きに女性社員たちが騒いでいた。

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