あの雨の日から、ふたりは
第3話 また、明日
六月三日。
今度は、美織が先に湊を見つけた。
駅を出て、会社へ向かう道を少し進んだところ。
十メートルほど前。
人波の中で少し高い位置に頭、見覚えのある柔らかな髪が
見える。背が高いから、こうして一度覚えてしまえば、
人混みの中で見つけやすい。
朝倉さん。
心の中で名前が出た。
声を出せば届く距離だった。
美織は口を開きかけて、やめた。
昨日も一緒に歩いた。
一昨日も。
でも、それは駅でたまたま会ったからだ。
見つけるたびに自分から呼び止め、追いついて、一緒に歩く。
そこまでしていい関係なのか、と考えた瞬間、
いつもの「ちゃんとしておこう」という感覚が先に立った。
知り合って、まだ数日。
感じのいい人ではある。
喋りやすい。
見た目もかなりいい。
でも、わざわざ追いかけるほどの仲ではない。
美織はそう考えて、そのままの歩調で進んだ。
前方の湊は、美織に気づかない。
横断歩道が青になり、長い脚で人の流れと一緒に渡っていく。
その姿が見えなくなってから、美織はほんの少しだけ思った。
声、かけてもよかったかな。
ただ、おはようございますと言うだけだったのに。
それ以上でも、それ以下でもない。
「まぁ、いいか」
美織は案外さっぱりと、そのまま会社へ入った。
*
午前中は忙しかった。
打ち合わせをして、資料を直して、メールを返す。
仕事をしている間、美織は朝のことをほとんど考えなかった。
昼休みになって、いつものコンビニへ向かう。
店に入った瞬間、視線が一度だけ店内を回った。
レジ。
飲み物の棚。
弁当の棚。
背の高い人影。
いない。
湊を表すワードを思い浮かべ、そこまで確認してから、
美織は自分の視線の動きに気づいた。
――あ、探してた。
少しおかしくなる。
別に毎日いるわけではない。
会社も違う。
昼休みの時間だって、同じとは限らない。
「そりゃ、いない日もあるよね」
小さく言って、昼食を選ぶ。
昨日までなら何も感じなかった店内が、今日は少しだけ
物足りなくて平坦に見えた。
喋りやすくて、見た目もいい、ちょっと面白い人。
会社へ来る日々に増えた小さな楽しみが、今日はたまたまない。
美織にとっては、まだそのくらいだった。
*
湊が同じコンビニへ来たのは、それから30分近く後だった。
午前中の打ち合わせが延びて、昼休みがずれ込んだ。
店へ入る。
飲み物を取る前に、なんとなく店内を見る。
レジ周り。
窓際。
弁当の棚。
いない。
湊は一度だけ瞬きをした。
昨日、美織が立っていた辺りにも目が行く。
「……今日は見てないな」
小さく漏れた。
朝も会っていない。
昼もいない。
それだけなのに、昨日までより一日が少し静かに感じる。
別に話題があるわけではない。
何かを伝えたいわけでもない。
でも、顔を見れば何かしら喋る。
その時間が存外好きだったのだと、会わない日になって
初めてわかった。
湊は弁当を手に取りながら、彼女の姿を見れないことに
ほんの少しだけ残念そうに息を吐いた。
六月三日。
今度は、美織が先に湊を見つけた。
駅を出て、会社へ向かう道を少し進んだところ。
十メートルほど前。
人波の中で少し高い位置に頭、見覚えのある柔らかな髪が
見える。背が高いから、こうして一度覚えてしまえば、
人混みの中で見つけやすい。
朝倉さん。
心の中で名前が出た。
声を出せば届く距離だった。
美織は口を開きかけて、やめた。
昨日も一緒に歩いた。
一昨日も。
でも、それは駅でたまたま会ったからだ。
見つけるたびに自分から呼び止め、追いついて、一緒に歩く。
そこまでしていい関係なのか、と考えた瞬間、
いつもの「ちゃんとしておこう」という感覚が先に立った。
知り合って、まだ数日。
感じのいい人ではある。
喋りやすい。
見た目もかなりいい。
でも、わざわざ追いかけるほどの仲ではない。
美織はそう考えて、そのままの歩調で進んだ。
前方の湊は、美織に気づかない。
横断歩道が青になり、長い脚で人の流れと一緒に渡っていく。
その姿が見えなくなってから、美織はほんの少しだけ思った。
声、かけてもよかったかな。
ただ、おはようございますと言うだけだったのに。
それ以上でも、それ以下でもない。
「まぁ、いいか」
美織は案外さっぱりと、そのまま会社へ入った。
*
午前中は忙しかった。
打ち合わせをして、資料を直して、メールを返す。
仕事をしている間、美織は朝のことをほとんど考えなかった。
昼休みになって、いつものコンビニへ向かう。
店に入った瞬間、視線が一度だけ店内を回った。
レジ。
飲み物の棚。
弁当の棚。
背の高い人影。
いない。
湊を表すワードを思い浮かべ、そこまで確認してから、
美織は自分の視線の動きに気づいた。
――あ、探してた。
少しおかしくなる。
別に毎日いるわけではない。
会社も違う。
昼休みの時間だって、同じとは限らない。
「そりゃ、いない日もあるよね」
小さく言って、昼食を選ぶ。
昨日までなら何も感じなかった店内が、今日は少しだけ
物足りなくて平坦に見えた。
喋りやすくて、見た目もいい、ちょっと面白い人。
会社へ来る日々に増えた小さな楽しみが、今日はたまたまない。
美織にとっては、まだそのくらいだった。
*
湊が同じコンビニへ来たのは、それから30分近く後だった。
午前中の打ち合わせが延びて、昼休みがずれ込んだ。
店へ入る。
飲み物を取る前に、なんとなく店内を見る。
レジ周り。
窓際。
弁当の棚。
いない。
湊は一度だけ瞬きをした。
昨日、美織が立っていた辺りにも目が行く。
「……今日は見てないな」
小さく漏れた。
朝も会っていない。
昼もいない。
それだけなのに、昨日までより一日が少し静かに感じる。
別に話題があるわけではない。
何かを伝えたいわけでもない。
でも、顔を見れば何かしら喋る。
その時間が存外好きだったのだと、会わない日になって
初めてわかった。
湊は弁当を手に取りながら、彼女の姿を見れないことに
ほんの少しだけ残念そうに息を吐いた。