外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
九月最終の週末。高月家と友崎家の婚約パーティが開催された。
都心の老舗ホテルの大広間を借りた、結婚披露宴とも見紛うような盛大な宴席だ。
沙絵は蒼真と共に会場に入った。
今夜の蒼真の装いはスタイリッシュなネイビーのスーツにお祝いの席に相応しい華やかなネクタイ。元々の際立った美貌のおかげで、大勢の中でも一際目立っている。
沙絵の装いはモスグリーンのミモレ丈ワンピース。髪をアップにしてアクセサリーはシンプルなものを選んだ。
蒼真に比べると地味な印象だが、たとえ最大に着飾っていたとしても、彼の隣では霞んでしまっただろうと沙絵は思った。
沙絵の身長は女性としては平均的な百六一センチだが、長身の蒼真と並ぶと自分がちっぽけな存在だと感じる。
よく教育されたスタッフに案内されて、蒼真と並んで席につく。
しばらくすると、不意に会場内のいくつかの灯り落ちた。
どうしたのかと人々が騒めく中、柔らかな音楽が流れだした。同時にスポットライトが広間前方の両開きの扉に向かう。
次の瞬間、扉が開き主役のふたりの姿が現れた。
今日の主役、杏華と高月孝也だ。
情熱的な深紅のドレスを纏った杏華は、孝也の腕に手を添えて、満面の笑みを浮かべている。
光に照らされながら盛り上がる音楽に合わせるように歩み、広間前方の壇上に用意された席に向かっていく。
沙絵はその凝った演出に驚き目を丸くしていた。
(すごい、婚約式っていうより披露宴みたい)
この婚約式自体は高月家の要望だと聞いている。盛大に行うことで、婚約の事実を周知したいそうだ。
しかしこの派手な演出は、注目されることが大好きな杏華によるものだろう。
演出に魅入っていた沙絵は、ふと蒼真かどんな反応をしているのか気になり隣をちらりと見た。
薄暗い中でも、彼が冷めた目をしているのが分かった。
驚きも感動もない。しいて言うなら、面倒だと感じているように見える。
きっと彼はこういったイベントに興味がないタイプなのだろう。
自分の結婚式すらやりたくないと思っているのかもしれない。
(式と披露宴はできるだけ感想にした方がよさそうね……私も結婚式に拘りはないし)
そんなことを考えていると広間の灯りが元に戻ったため、沙絵は視線を前方に戻した。
ちょうど杏華の婚約者である高月孝也が、挨拶をはじめるところだった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。私、高月孝也は友崎家の長女杏華さんと婚約を結ぶことになりましたので、ここで報告させて頂きます」
孝也の声は聴く者に安心感を与えるような穏やかなものだと感じた。
大企業の御曹司だけあって、これほど大勢の人々の前で発言することにも慣れているようで緊張した様子は見られない。
「友崎家が先の災害で被災者に寄り添い多大な活躍をしたことは皆さまの記憶に新しいと思います。私自身も社会に貢献する友崎社長の姿勢に深い感銘を受けました。友崎社長の長女である杏華さんも、思いやりがあり困っている人を見ると放っておけないとても優しい女性です……」
広間には穏やかな空気が漂っている。
孝也は元々柔和な顔立ちをしているうえに微笑を浮かべているため、彼が醸し出す柔らかな空気が出席者にまで伝わりスピーチの説得力をもたらしているようだった。
「あの件は忘れていないよ。雪丸運輸は利益度外視で被災者のために尽くしたんだ。社長を始めとした経営陣が素晴らしいんだろうな」
「そうだったわね、とても立派だわ。社長令嬢の杏華さんも奉仕の精神がある方みたいね」
「美人で性格までいいなんて、孝也君は素晴らしい女性と出会えたみたいだな」
あちこちで密やかに交わされる声がする。孝也のスピーチのおかげで、杏華の善良なイメージが固まり、評判は上々のようだ。
そんな中、沙絵だけは、孝也の言葉を素直に受け入れることはできなかった。
杏華は”思いやりがあり、困っている人を見ると放っておけない”ような性格ではない。
実際、被災者支援だって、雪丸運輸の活動が世間で評価されるまでは、なんの関心も示さなかったのだから。完全に他人事だと思っていたはずだ。
(でも、高月さんの前では猫を被ってるんだろうな……)
それとも、孝也は杏華の性格に気付きながらも、世間のイメージを守ために発言しているのだろうか。
そんなことを考えながら杏華を見つめる。
彼女は幸せそうな笑みを浮かべて長く語る孝也を見つめていた。