外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました

主役の挨拶が終わり歓談の時間になった。

このようなパーティーは人脈を広げる場でもあるから、初対面の相手にも積極的に声をかける人が多い。

蒼真のもとにも、早速年輩の男性が近づいてきた。

「日堂社長、私、ときわ堂で専務を務めております篠崎と申します」

沙絵は蒼真に名刺を差し出す篠崎に目を向けた。

(ときわ堂って、有名な和菓子の店だ。たしか江戸時代から続いているって……蒼真さんに挨拶するってことは、ヴィアスペースでオンライン販売してるのかな)

沙絵がそんなことを考えている間に、蒼真がすっと席を立ち対応をする。沙絵も倣って腰を上げた。

「篠崎専務、お会いできて光栄です」

スマートに手を差し出して握手を交わしている彼の表情は、沙絵に見せる仏頂面ではなく、爽やかな笑顔だ。

傲慢さや冷徹さは少しも感じられない。

(へえ……こんな顔もできるんだ)

飛ぶ鳥を落とす勢いのヴィアスペースのCEOは、もっと不遜な態度を取るのかと思っていたのに。

蒼真は自然に沙絵に視線を移し、言葉を続ける。

「彼女は私の婚約者です」

沙絵の背中に、大きな手が添えられる。まるで庇護するように優しい動作だった。突然の紳士的な態度に戸惑いながらも、沙絵は友好的な笑みを浮かべた。

「篠崎専務、はじめまして。友崎沙絵と申します」

篠崎が何かに気付いたように目を丸くする。

「友崎さんと言うと、今日の主役の……」
「はい、友崎杏華は私の姉です」
「やはりそうでしたか。婚約おめでとうございます」

篠崎が満面の笑みになる。

「ありがとうございます」

沙絵も感謝の気持ちを伝えた。

おめでたいムードが漂い、会話がスムーズに続く。

思った通りときわ堂はヴィアスペースで海外向けにオンライン販売を始めたようだ。かなり好評で新たな顧客を掴めたと上機嫌で報告している。

「日堂社長が提案してくれたおかげですよ」
「いえ、ときわ堂さんの商品が優れているからでしょう」

(……意外に謙虚なんだ)。

しばらくして会話が終わると、すぐに別の会社の重役から声がかかる。蒼真と顔見知りになりたいと思っている人は多いようで、自ら動かなくても彼の周りに人は尽きなかった。

蒼真は相手の心情を察することに長けているようで、性別年代問わず滑らかに会話を交わす。

婚約者として、沙絵を紹介することも忘れない。

お見合いのときは、冷たく、どこか沙絵を見下しているように感じたが、思った通り公の場では婚約者として尊重してくれている。
彼は私的な感情とビジネスでの振る舞いを完璧に切り分けているのだ。そういうところはさすが短期間で業績を上げたCEOだと思う。

(私も余計なことばかり考えてないでしっかりしないと)

沙絵は気を気持ちを引き締めて笑顔をつくる。

しばらくして招待客との挨拶が落ち着くと、蒼真が椅子から立ち上がり沙絵を見下ろした。

「お義姉さんに挨拶をしに行こう」
「そうですね」

今日の主役である姉の周りには人が多く遠慮していたが、これ以上待っていてもタイミングが掴めなそうだ。

沙絵は蒼真と連れだって、杏華の席がある壇上に向かった。

すると杏華はすぐにこちらに気付き高い声を上げた。

「沙絵!」

はじけるような笑みで沙絵を手招きまでする。傍から見たらとても仲のよい姉妹に見えそうだ。

昔から杏華は外面がいいのだ。

沙絵は杏華の前で立ち止まると、微笑みながら口を開いた。

「高月さん、お姉さん、ご婚約おめでとうございます」

祝福と共に礼儀正しく頭を下げる。

「そんなに改まらなくてもいいのに。でもありがとう」

優しい姉の仮面を被った杏華が、朗らかに応える。

「ありがとう。杏華の言う通り、これからは義理の兄妹になるのだから気を遣わなくていいんだよ」

孝也も柔和な笑みを崩さない。

ふたりの姿は、寛容で上品な申し分のない上流社会のカップルそのものだ。

「高月さん、杏華さん、ご婚約おめでとうございます」

蒼真の落ち着いた声が続いた。

孝也は蒼真に視線を向けて、柔らかく目を細めた。

「君は……」
「日堂蒼真と申します。先日沙絵さんと婚約させていただきました」
「ああ……日堂さん、活躍は耳に届いていますよ。君と義兄弟になれるなんて光栄だ。今日は忙しい中かけつけてくれてありがとう」
「とんでもない。素晴らしい式に出席できてこちらこそ光栄です」

孝也の言葉に、蒼真が隙のない笑顔で答える。

「そう言ってもらえるとうれしいよ」

孝也がそう言って隣に目を向けると、杏華が自然に言葉を引き継いだ。

「ええ、本当に。蒼真さん、これからは身内としてよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」

穏やかな表面上はなんの問題もない会話が続く。

「今日は蒼真さんが沙絵を連れてきてくれたのかしら?」

主に杏華が蒼真に話しかける形だ。

「いえ、私は出先から直接こちらに」
「あら、そうなのね。沙絵、ひとりで大丈夫だった? あなたは頼りないところがあるから心配よ」

杏華がすらりとした手で口元を覆い、妹を気遣う姉の表情を浮かべる。

「大丈夫」

沙絵は短く答えたが、内心はまたかとうんざりしていた。
妹を心配するふりをして、実際は周囲に”頼りない”というマイナスイメージを受け付ける。杏華のいつもの手だ。今も蒼真の前で沙絵を貶めたいのだろう。

「そうだ、今日は佐枝家の皆さんも出席して下さっているの。智成さんもいらっしゃっているから、後で話してくるといいわ」

(智成さん? 知らない人だけど、なんで名前を出したの?)

沙絵が問うより先に蒼真が口を開いた。

「佐枝建設の方ですか?」

「ええ、そうなの。友崎家と三枝家は昔から交流があるんです」

杏華が誠実さを感じる声音で答える。しかし沙絵はますます怪訝な思いになった。

(佐枝家と交流なんてないと思うけど……私が知らないだけ?)

「なるほど」

蒼真が頷き、含みのある眼差しを沙絵に向けた。

「智成さんは沙絵が小さな頃から優しくしてくれて……」

姉はまだ機嫌よく話していたが、蒼真がタイミングを計ったように会話を止めた。

「他にも挨拶をしたい方が大勢いるようですね。長居するのは申し訳ないので、我々はそろそろ下がります」

あくまで穏やかに笑顔で。

「ええ、そうね。おもてなしが行き届かなくてごめんなさい」
「とんでもない。では失礼します」

蒼真が杏華に背中を向けて歩き出す。沙絵も彼と共に壇上を降りた。

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