外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
「そっちはひとりで行ったらだめだ」
「え?」
「家族から気をつけるように言われてないのか?」
突然話しかけられたことに驚いたのか、沙絵は目を丸くした。数秒後、不思議そうに首を傾げる。
「どうして行ったらだめなの?」
蒼真が誰なのか聞くよりも、止められた理由を聞いてきた。だから蒼真は質問だけに答えた。
「危ないから。滑って川に落ちたり怪我をしたときひとりだったら助けを呼びに行く人がいないだろ?」
「そうなんだ……わかった」
教師の受け売りだが、沙絵は感心したように頷いた。
「わかったならいい。じゃあな」
忠告はした。蒼真はすぐにその場を立ち去ろうとした。ところが沙絵が「待って!」と高い声で呼び止めた。
不審そうに振り返る蒼真に、沙絵は自然な笑顔を見せる。
「それなら一緒に行ってくれないかな?」
「え?」
「ひとりじゃ駄目なんだよね? でも私、ここに友達がいないから」
沙絵はあっけらかんと言った。
蒼真が密かに誰にも知られたくないと感じていた友人ゼロの状況も、彼女にとってはどうってことがないらしい。
「……別にいいけど」
彼女の頼みを聞いてやる義理はなかったが、蒼真は断らず引き受けることにした。
「私、沙絵っていうの」
沙絵はうれしそうに自己紹介をはじめた。
「俺は蒼真」
蒼真は少しぶっきらぼうに答えた。沙絵は気にした様子もなくにこやかに話を続ける。
彼女は蒼真より二歳年下の小学二年生。家は東京にあるが夏休み期間は祖父母宅に滞在するらしい。
「お父さんは仕事で忙しいから」
「お母さんは?」
単なる疑問で聞いたが、沙絵の表情が曇ってしまった。
「……病気で死んじゃったの」
失敗したと思った。余計なことを言って悲しませてしまった。
後悔したが上手く謝ることができなくて、蒼真は慌てて話題を変えた。
「俺も少し前まで東京に住んでた」
「えっ、そうなの? 一緒だね!」
彼女はぱっと顔を輝かせる。沙絵の気を上手く逸らせたようで安心した。
蒼真はそれから少しだけ気を遣って話をした。
「向こうの公園に山羊がいるんだ」
「わあ、見たいなあ。私本物みたことない」
「そうなのか?」
「うん、お父さんが忙しくてあまり動物園とかいかないから」
どうやら沙絵は親にあまり構って貰えない環境で育ったらしい。自分と一緒だと感じた。
「じゃあ今度連れて行ってやるよ」
自分でも驚いたが沙絵を誘っていた。
「わあ、ありがとう! おばあちゃんと一緒にお弁当つくろうかな?」
二歳も年下の女の子と遊ぶんなんて、以前の自分なら考えられなかった。
けれど、沙絵との時間は意外に楽しいと感じたのだった。
結局夏休みの間中、蒼真は沙絵とふたりで過ごすことになった。
他に誰もいなかったからかもしれない。
けれど沙絵がいれば孤独は感じなかった。だから初めはひとりで過ごすよりはましだと、暇つぶしの相手として付き合っていた。
でも朗らかな沙絵と過ごしている内に、彼女だけがいればいいと思うようになっていた。
「蒼真が大好き!」
「そんなこと大きな声で言うなよ!」
「やだ~」
まんざらでもないのに恥ずかしさが勝り冷たく突き放しても、沙絵は明るく笑っていた。
「蒼真、これからも一緒に遊ぼうね!」
「まあ、いいけど」
仕方なさそうに答えたが、心の中ではうれしかった。
一番孤独で辛かったとき、沙絵の笑顔が救ってくれたのだ――。