外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました


「蒼真、沙絵さんとは順調か?」

見合いから数日後。理玖が期待を込めた目をしながら問いかけてきた。

蒼真は無言で口角を下げる。

「まさか上手くいかなかったのか?」

理玖が唖然とした表情を浮かべた。

「彼女は覚えてなかった」

蒼真は隠さずに伝えた。こんなことを言えば恥をかくようなものだが、黙っていてもいずればれる。それどころか沙絵に余計なことを言われる恐れがある。

「え、それはどういう……」
「縁談は進めるが、沙絵に昔の話はしないでくれ」

理玖はようやく事情を呑み込んだようだった。

「でもお前、それでいいのか? 初恋云々はともかく幼馴染だって伝えたらどうだ?」
「いやいい、忘れたなら彼女にとって大した思い出じゃないんだろう」

自分でも意地になっているのは分かっている。

沙絵に話せば、少しは警戒が解かれ、ギクシャクした関係が緩和するかもしれない。

懐かしいと、言ってくれるかもしれない。

けれど蒼真は、社交辞令から出た懐かしいの一言であのかけがえのない日々を評してほしくなかった。

それでも時間が経つにつれて、気持ちが変化した。

忘れられているのはショックだが、いつまでも意固地になるよりも前向きに接した方がいい。

結局、蒼真は今でも沙絵を気にしてしまう。どうしても無関心にはなれない。

一方通行だからといって線を引いても、自分が苦しむだけなのだ。

杏華の婚約パーティの日、蒼真は沙絵をエスコートしながら、ふたりの関係をよい方向に進めるため努力しようとしていた。

ところが、杏華が再び意味深な発言をして、蒼真の気持ちをぽきりと折った。

『今日は佐枝家の皆さんも出席して下さっているの。智成さんもいらっしゃるから後で話してくるといいわ』

言葉だけなら、知人について語っているだけだった。

しかし杏華の表情と含みのある声音は、沙絵と智成という男の間に何かがあるとほのめかしている。
蒼真の気持ちは暗く沈んだ。

(以前言っていた片思いの相手が佐枝智成という男なのか?)

沙絵に直接問いただしたい。

けれど、いざ彼女の顔を見るとなにも言い出せなかった。仕事だったらこんなに迷い弱気になることはないのに。

そんな風に柄にもなく弱気になっている間に、沙絵と佐枝智成の接近を許してしまった。

何を話しているのかまでは聞こえない。

けれど沙絵と智成の距離は、普通の知人にしては近すぎる。

ふたりの接近を止めたかったが、結局蒼真はくるりと背中を向けてその場を去った。

割って入って、沙絵に邪魔だと思われたくなかった。

彼女の冷たい視線を恐れたのかもしれない。

その後、ひとりになると頭が冷えてきた。

結局ビジネスの延長、政略結婚なのだ。気持ちまでは縛れない。

(俺も割り切るべきなんだろうな)

しかしこんなことになるなら、それこそ条件だけで相手を選んだ方が気が楽だった。

蒼真はパーティー会場を出て、喫煙所に向かった。

日常的にタバコを吸う習慣はないが、イライラしたときなど気持ちを鎮める為に吸いたくなる。

蒼真は少し離れた喫煙スペースに向かった。

こんな気持ちのまま、知り合いと居合わせたくなかったのだ。

にもかかわらず先客がいた。

ふたりの男女。男の方は直接の関わりがないが見知った顔だ。

(たしか高月孝也の友人だったな。女は彼のパートナーか?)

どちらにしても今は挨拶をする気になれない。しかし諦めて去ろうとしたそのとき、気になる発言が耳に届いた。

「孝也さん、本当に婚約したんだね。香(か)音(のん)とは別れるのかな?」

女の問いに男が答える。

「別れないだろ。この婚約はあいつの地に落ちたイメージ回復のためで感情はないんだから」
「婚約者にばれたらどうするの? 彼女、怒ると思うよ」
「そうか? 穏やかで従順そうで怒ったりしないように見えたけどな? 孝也だって優しい女性だって言ってじゃないか」
「あのスピーチは表向きの話でしょ。同じ女だから分かるの。彼女の気の強さは香音に負けてないよ」

人気がない為か、ふたりの声はよく響く。本人たちも気づいたのか、声が少し小さくなった。

「お前の言う通りで修羅場になったとしても、婚約破棄にはならないだろ。高月グループ後継者夫人の地位を手放すなんて馬鹿がすることだ」
「そうだとしたら、香音はますますやばいんじゃない? 制裁されたりしない?」
「もしそうなっても不倫だって分かって付き合ってるんだから自業自得だ。孝也の方は言っても無駄だよ。昔からそういうやつなんだ」

柱の影に隠れて聞いていた蒼真は、嘲笑を浮かべた。

皆の賞賛を浴びて微笑んでいた孝也の姿を思い出す。

(胡散臭い笑顔だと思っていたが、やっぱり本性があるみたいだな)

杏華は知っているのだろうか。

(まあ、どちらにしても政略結婚だ)

蒼真は音を立てずその場を離れた。

自分には関係のない話だ。

そう割り切りながらも、沙絵と自分の関係と重ねて考えてしまい、むなしさを覚えた。
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