外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
4 婚約者として過ごす日々
十月半ばになり入り、友崎家の姉妹は新しい生活をスタートした。
杏華は孝也との結婚式の準備のために、日々忙しく過ごしている。
沙絵の結婚は杏華の後になるため時間的な余裕はあるが、蒼真との同居に踏み切った。
彼からの提案で、理由は仕事が忙しくなかなか交流をする時間がないから。しばらくの間はルームシェアをするような形で生活し、お互いに慣れようとのことだった。
沙絵は少し迷った末に受け入れた。
蒼真の言い分に同意する部分があっただけでなく、実家を離れることで、自然に姉との距離を置くことが可能になると思ったからだ。
何かと沙絵に干渉して、チャンスがあればマウントを取ってくる姉との生活は息苦しいものだった。
蒼真との生活も緊張感があるが、いずれは結婚する相手だ。杏華と近いところにいるよりはまだいいと本気で思った。
それまで独り暮らしを反対していた家族も納得したうえで、沙絵は蒼真のマンションに越してきた。
マンションはヴィアスペース本社がある赤坂駅に近い低層レジデンスだ。住民は蒼真のような経営者や芸能人が多く、プライバシーがしっかり確保できる造りになっている。
沙絵の勤務先である雪丸運輸までは電車で三十分弱かかるが、乗り換えなしで通勤できるので、不便はない。
同居といっても今のところ寝室は別だし、蒼真は帰宅が遅く夕食も外で済ませているので、顔を合わす機会は少なく気楽だった。
彼はCEOというだけあって、連日ハードスケジュールを熟しているようだ。
たしかに一緒に暮らさければ、遠距離恋愛のような婚約期間になっていたかもしれない。
蒼真の提案を飲んで正解だった。
このまま淡々とした日を過ごし、時期が来れば蒼真と結婚をする。
特別親しいわけでも険悪なわけでもなく、お互い適切な距離を置いて、ビジネス婚の夫婦としての関係を上手く築いていけたらいい。
そう思っていたのだけれど……。
同居して数日が経ったある日のこと。珍しく午後八時前に帰宅した蒼真は、ブランド物の手提げ袋を沙絵に差し出した。
「これ、買ってきた」
袋には世界的に有名な、ハイクラスジュエリーブランドのロゴが入っている。
「……え?」
(ど、どういう意味?)
まるで夜食を買ってきたように気軽に手渡されたけれど、この店のジュエリーの価格帯は安いものでも六ケタ後半はしたはずだ。
それをいとも簡単に、渡してきた。
流れで受け取ってしまったが、沙絵は戸惑い固まってしまった。
「あの、これは?」
結局、ストレートに尋ねてみた。蒼真は気を悪くした様子もなく答える。
「ただのプレゼントだ。婚約してから何も贈っていなかったからな。ちょうど仕事で店の前を通ったから買った」
「そ、そうなんですか……でも、こんなに高価なものを頂いてもいいんですか?」
「いいから買ったんだ。受け取ってくれ」
「……ありがとうございます」
(彼が私にプレゼントを?)
信じられない。だって蒼真は沙絵のことをビジネスで政略結婚する相手としか思っていないはずなのに。
けれど、ここ最近の彼の態度を思い出した。
お見合い当日の頃と比べると、かなり柔らかくなっている。
機嫌を損ねることもないし、言葉に棘もない。
会う機会が少ないから、怒っているときに居合わせないだけかと思っていたけれど……。
(そうじゃなくて、彼は歩み寄ろうとしてくれてるのかな?)
沙絵に感情がないのは間違いないだろうが、未来の妻としてよい関係を築こうとしてくれているのかもしれない。
(そう言えば、お姉さんの婚約パーティーのときも危ないところを庇ってくれたり、家に入るまで見届けてくれたりした)
冷酷でドライだと思っていた彼も、努力してくれているのかもしれない。
そう思うと沙絵の心は軽くなった。
誰からでも優しさを向けられるとうれしいものだ。ましてや自分の婚約者からの善意なのだから。
沙絵は顔は自然とほころんだ。蒼真に笑顔を向けてお礼を言う。
「ありがとうございます。うれしいです」
すると蒼真ははっとしたような表情を浮かべた。次の瞬間戸惑いが続く。いつもの不遜ともいえる堂々とした態度はどこかにいってしまっていた。
「あの、どうかしましたか?」
「いや……なんでもない。喜んでくれたのならよかった」
「はい。あの開けてもいいですか?」
「もちろんだ」
沙絵は慎重に手提げ袋から正方形に近い形の箱を取り出した。
丁寧な包装を慎重に解くと、高級感が溢れるブロンズ色のアクセサリーケースだった。
蓋をそっと開けると、繊細なデザインのネックレスに目を奪われた。
ダイヤモンドのリリーモチーフで上品だが派手過ぎないデザインで、沙絵の好みにぴったりのものだった。
「……綺麗」
無意識に声が漏れていた。顔にも喜びが溢れていたのだと思う。
「……気に入ったか?」
見入っていると、なぜか自信がなさそうな蒼真の声がした。視線を上げると蒼真が沙絵の反応を窺っている。
彼らしくない態度に戸惑いながらも「はい、とても」と正直に答える。
「それならよかった」
言葉と共に、蒼真の周りの空気が和らいだ気がした。
(もしかして私の反応を気にしてたの?……人にプレゼンとをすることがあまりないのかな?)
それなのにこうやって贈り物をしてくれたのだと思うと、心が温かくなった。
「ネックレスが素晴らしいのもありますけど、このデザインが私の好みにぴったりです。本当にありがとうございます」
「似合うと思ったんだ」
「そ、そうなんですか?」
蒼真の言葉に、心臓がどくんと跳ねた。
彼が沙絵のことを思い出しながら、ネックレスを選んでいる姿が浮かんだのだ。
まるで普通の恋人同士のようだと感じた。
(そんな関係じゃないのに)
優しくされたからといって、変な勘違いをしてはいけない。
それでも気遣いをして貰ったのだからお礼はしたい。
「こんな素敵なプレゼントをありがとうございます。お礼に私からも何か贈らせてください」
「気にするな。見返りを望んだわけじゃない」
蒼真はすぐさま否定する。
「でも婚約したのにプレゼントをしていないのは私も同じですから」
何もしないのでは心苦しい。かといって彼へのプレゼントとなると悩んでしまう。
あれほど勢いがある企業のCEOが持っていないものなどない気がする。
蒼真は沙絵が引く気がないことに気づいたのか、しばらくすると譲歩するように口を開いた。
「それなら何か料理をつくってほしい」
「料理ですか?」
意外なリクエストに沙絵は目を丸くする。蒼真は真剣な目をして頷いた。
「外食に飽き飽きしてるんだ」
その声から、彼が本当にうんざりしている様子を感じた。
(たしかに毎日外食だと嫌になるよね)
「分かりました。では日堂さんが早く帰れる日につくりますね」
正直言うと料理の腕に、それほど自信はない。実家では継母の聡子がキッチンの主導権を握っており、沙絵が何かするのを嫌がった。通いの家政婦も居たので、あまり料理をする機会がなかったのだ。
(でもなんとかするしかない)
今夜早速レシピを探そう。食卓ができるだけ豪華に見えるように、四品くらいは作りたい。
そんなことを考えていると、蒼真の声がした。
「もうひとつ頼みたい。というより提案だが」
「提案ですか?」
沙絵は思考を中断し蒼真を見つめた。
「日堂さんという呼び方を変えてくれ。敬語も辞めほしい。それは俺たちの関係で他人行儀すぎる」
思いもしなかった要求だった。
「い、言われてみればそうですね……」
なんとか返事はしたものの、動揺は拭えない。
俺たちの関係。蒼真は何げなく選んだフレーズなのだろうが、鼓動が跳ねた。
すごく親密な関係のように聞こえてしまった。
(どうしてなのか深読みしてしまう)
蒼真から妙に含みのある空気を感じるからだろうか。もしくは彼の顔が感心するほど整っているから、つい緊張してしまっているのか。
自分でもはっきりしないが、彼の言動に過剰に反応してしまっている。
(でも、彼が言う通り、今の私たちは傍から見たら知人以下かもしれない)
いざというとき夫婦として自然に振る舞えるように、日頃から慣れておくのは大切だ。
「分かりました。少しずつ変えていきます」
いきなり切り替えるのは難しい。何より沙絵にとって蒼真はまだ遠い存在だから。
蒼真は沙絵のマイペースな返事に気を悪くせず、納得してくれた。それどころか改まった様子で続ける。
「縁有って結婚するんだ。よい関係を築いていこう」
その前向きな発言に、沙絵は驚きながらも素直に頷いた。
沙絵だって、できれば仲良くした方がいいと思っていた。
蒼真が相手では無理と思っていたけれど、彼がその気ならもっとうまくやって行けると思う。
なぜ彼が態度を変えたのかは分からない。それでも沙絵はこの結婚生活に希望を感じ始めていた。
杏華は孝也との結婚式の準備のために、日々忙しく過ごしている。
沙絵の結婚は杏華の後になるため時間的な余裕はあるが、蒼真との同居に踏み切った。
彼からの提案で、理由は仕事が忙しくなかなか交流をする時間がないから。しばらくの間はルームシェアをするような形で生活し、お互いに慣れようとのことだった。
沙絵は少し迷った末に受け入れた。
蒼真の言い分に同意する部分があっただけでなく、実家を離れることで、自然に姉との距離を置くことが可能になると思ったからだ。
何かと沙絵に干渉して、チャンスがあればマウントを取ってくる姉との生活は息苦しいものだった。
蒼真との生活も緊張感があるが、いずれは結婚する相手だ。杏華と近いところにいるよりはまだいいと本気で思った。
それまで独り暮らしを反対していた家族も納得したうえで、沙絵は蒼真のマンションに越してきた。
マンションはヴィアスペース本社がある赤坂駅に近い低層レジデンスだ。住民は蒼真のような経営者や芸能人が多く、プライバシーがしっかり確保できる造りになっている。
沙絵の勤務先である雪丸運輸までは電車で三十分弱かかるが、乗り換えなしで通勤できるので、不便はない。
同居といっても今のところ寝室は別だし、蒼真は帰宅が遅く夕食も外で済ませているので、顔を合わす機会は少なく気楽だった。
彼はCEOというだけあって、連日ハードスケジュールを熟しているようだ。
たしかに一緒に暮らさければ、遠距離恋愛のような婚約期間になっていたかもしれない。
蒼真の提案を飲んで正解だった。
このまま淡々とした日を過ごし、時期が来れば蒼真と結婚をする。
特別親しいわけでも険悪なわけでもなく、お互い適切な距離を置いて、ビジネス婚の夫婦としての関係を上手く築いていけたらいい。
そう思っていたのだけれど……。
同居して数日が経ったある日のこと。珍しく午後八時前に帰宅した蒼真は、ブランド物の手提げ袋を沙絵に差し出した。
「これ、買ってきた」
袋には世界的に有名な、ハイクラスジュエリーブランドのロゴが入っている。
「……え?」
(ど、どういう意味?)
まるで夜食を買ってきたように気軽に手渡されたけれど、この店のジュエリーの価格帯は安いものでも六ケタ後半はしたはずだ。
それをいとも簡単に、渡してきた。
流れで受け取ってしまったが、沙絵は戸惑い固まってしまった。
「あの、これは?」
結局、ストレートに尋ねてみた。蒼真は気を悪くした様子もなく答える。
「ただのプレゼントだ。婚約してから何も贈っていなかったからな。ちょうど仕事で店の前を通ったから買った」
「そ、そうなんですか……でも、こんなに高価なものを頂いてもいいんですか?」
「いいから買ったんだ。受け取ってくれ」
「……ありがとうございます」
(彼が私にプレゼントを?)
信じられない。だって蒼真は沙絵のことをビジネスで政略結婚する相手としか思っていないはずなのに。
けれど、ここ最近の彼の態度を思い出した。
お見合い当日の頃と比べると、かなり柔らかくなっている。
機嫌を損ねることもないし、言葉に棘もない。
会う機会が少ないから、怒っているときに居合わせないだけかと思っていたけれど……。
(そうじゃなくて、彼は歩み寄ろうとしてくれてるのかな?)
沙絵に感情がないのは間違いないだろうが、未来の妻としてよい関係を築こうとしてくれているのかもしれない。
(そう言えば、お姉さんの婚約パーティーのときも危ないところを庇ってくれたり、家に入るまで見届けてくれたりした)
冷酷でドライだと思っていた彼も、努力してくれているのかもしれない。
そう思うと沙絵の心は軽くなった。
誰からでも優しさを向けられるとうれしいものだ。ましてや自分の婚約者からの善意なのだから。
沙絵は顔は自然とほころんだ。蒼真に笑顔を向けてお礼を言う。
「ありがとうございます。うれしいです」
すると蒼真ははっとしたような表情を浮かべた。次の瞬間戸惑いが続く。いつもの不遜ともいえる堂々とした態度はどこかにいってしまっていた。
「あの、どうかしましたか?」
「いや……なんでもない。喜んでくれたのならよかった」
「はい。あの開けてもいいですか?」
「もちろんだ」
沙絵は慎重に手提げ袋から正方形に近い形の箱を取り出した。
丁寧な包装を慎重に解くと、高級感が溢れるブロンズ色のアクセサリーケースだった。
蓋をそっと開けると、繊細なデザインのネックレスに目を奪われた。
ダイヤモンドのリリーモチーフで上品だが派手過ぎないデザインで、沙絵の好みにぴったりのものだった。
「……綺麗」
無意識に声が漏れていた。顔にも喜びが溢れていたのだと思う。
「……気に入ったか?」
見入っていると、なぜか自信がなさそうな蒼真の声がした。視線を上げると蒼真が沙絵の反応を窺っている。
彼らしくない態度に戸惑いながらも「はい、とても」と正直に答える。
「それならよかった」
言葉と共に、蒼真の周りの空気が和らいだ気がした。
(もしかして私の反応を気にしてたの?……人にプレゼンとをすることがあまりないのかな?)
それなのにこうやって贈り物をしてくれたのだと思うと、心が温かくなった。
「ネックレスが素晴らしいのもありますけど、このデザインが私の好みにぴったりです。本当にありがとうございます」
「似合うと思ったんだ」
「そ、そうなんですか?」
蒼真の言葉に、心臓がどくんと跳ねた。
彼が沙絵のことを思い出しながら、ネックレスを選んでいる姿が浮かんだのだ。
まるで普通の恋人同士のようだと感じた。
(そんな関係じゃないのに)
優しくされたからといって、変な勘違いをしてはいけない。
それでも気遣いをして貰ったのだからお礼はしたい。
「こんな素敵なプレゼントをありがとうございます。お礼に私からも何か贈らせてください」
「気にするな。見返りを望んだわけじゃない」
蒼真はすぐさま否定する。
「でも婚約したのにプレゼントをしていないのは私も同じですから」
何もしないのでは心苦しい。かといって彼へのプレゼントとなると悩んでしまう。
あれほど勢いがある企業のCEOが持っていないものなどない気がする。
蒼真は沙絵が引く気がないことに気づいたのか、しばらくすると譲歩するように口を開いた。
「それなら何か料理をつくってほしい」
「料理ですか?」
意外なリクエストに沙絵は目を丸くする。蒼真は真剣な目をして頷いた。
「外食に飽き飽きしてるんだ」
その声から、彼が本当にうんざりしている様子を感じた。
(たしかに毎日外食だと嫌になるよね)
「分かりました。では日堂さんが早く帰れる日につくりますね」
正直言うと料理の腕に、それほど自信はない。実家では継母の聡子がキッチンの主導権を握っており、沙絵が何かするのを嫌がった。通いの家政婦も居たので、あまり料理をする機会がなかったのだ。
(でもなんとかするしかない)
今夜早速レシピを探そう。食卓ができるだけ豪華に見えるように、四品くらいは作りたい。
そんなことを考えていると、蒼真の声がした。
「もうひとつ頼みたい。というより提案だが」
「提案ですか?」
沙絵は思考を中断し蒼真を見つめた。
「日堂さんという呼び方を変えてくれ。敬語も辞めほしい。それは俺たちの関係で他人行儀すぎる」
思いもしなかった要求だった。
「い、言われてみればそうですね……」
なんとか返事はしたものの、動揺は拭えない。
俺たちの関係。蒼真は何げなく選んだフレーズなのだろうが、鼓動が跳ねた。
すごく親密な関係のように聞こえてしまった。
(どうしてなのか深読みしてしまう)
蒼真から妙に含みのある空気を感じるからだろうか。もしくは彼の顔が感心するほど整っているから、つい緊張してしまっているのか。
自分でもはっきりしないが、彼の言動に過剰に反応してしまっている。
(でも、彼が言う通り、今の私たちは傍から見たら知人以下かもしれない)
いざというとき夫婦として自然に振る舞えるように、日頃から慣れておくのは大切だ。
「分かりました。少しずつ変えていきます」
いきなり切り替えるのは難しい。何より沙絵にとって蒼真はまだ遠い存在だから。
蒼真は沙絵のマイペースな返事に気を悪くせず、納得してくれた。それどころか改まった様子で続ける。
「縁有って結婚するんだ。よい関係を築いていこう」
その前向きな発言に、沙絵は驚きながらも素直に頷いた。
沙絵だって、できれば仲良くした方がいいと思っていた。
蒼真が相手では無理と思っていたけれど、彼がその気ならもっとうまくやって行けると思う。
なぜ彼が態度を変えたのかは分からない。それでも沙絵はこの結婚生活に希望を感じ始めていた。