外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました



予想外に順調な同居生活に沙絵はとても前向きな気持ちで日々を過ごしていた。

プレゼントを貰った三日後には、約束通り蒼真に手料理を振る舞った。

名があるシェフが厳選された素材で作る料理を食べ慣れ舌が肥えているはずの蒼真が、沙絵の平凡な料理を美味しそうに食べてくれた。

話し方も気安いものに変わってきているし、蒼真と呼びかけるようになった。初めは“蒼真さん”と呼んでいた。けれど彼がどうしても
“蒼真”と呼び捨ててほしいと拘ったのだ。

沙絵は少々抵抗を感じたが、本人の強い希望があったので、気まずいながらも呼び捨てることになった。

初めは違和感があったが、慣れてきたのか今はそれほど気まずくはなくなった。

予定よりずっと順調な同居生活を送る一方で、沙絵は仕事にも力を入れていた。

ヴィアスペースとの提携を進める為の調整だけでなく、新規事業に関する計画などやることは山積みだ。
けれど業績アップの空気を皆が感じているからか、社内は活気づいている。

母が大切に守っていた雪丸運輸が息を吹き返しているのを実感し、沙絵は心から安堵した。

そんなふうに順調な暮らしの中でも、沙絵にはひとつだけ悩みがあった。

杏華の件だ。

孝也との結婚準備で忙しくしているはずの杏華が、数日前から頻繁に連絡してくるようになったのだ。

大した用件ではないが話が長い。杏華と関わること自体を避けたいのに、長時間拘束され沙絵の負担は増していった。

今日も仕事を終えてオフィスを出た途端に、杏華からの着信があった。

沙絵はスマホの画面に表示された杏華の名を見て顔を曇らせた。

一度は気づかないことにして出なかった。けれど一分も絶たないうちに再び着信音が鳴る。


杏華が沙絵の都合を気にするはずがないから、出るまで何度もかけるつもりなのだろう。


沙絵は仕方なく電話に出た。

「はい」
「どうしてすぐに出ないのよ!」

甲高い杏華の声に、沙絵は眉をひそめた。

「まだ会社なので」
「えっ? もう七時じゃない。相変わらずぐずぐずしているのね」
「……お姉さんは仕事中じゃないの?」

杏華は雪丸運輸に就職するのを嫌がり、アパレル会社に入社した。バイヤーを希望してたようだが基幹店舗勤務となった。

配属当初は思い通りのポジションに就けなかった不満を零していたが、SNSで発信を始めると美人スタッフとして注目を集めるようになった。

虚栄心と承認欲求が強い性格の杏華はその状況を喜び、自社製品を使った日々のコーディネートを公開するようになった。一部のコミュニティでは、ちょっとした有名人でもある。

そのため、真面目に仕事をしてたはずだった。

ところが姉は、馬鹿にしたような声を出した。

「何言ってるの? 仕事なんてとっくに辞めたわよ」
「それならSNSも辞めたの?」

あの姉が、脚光を浴びる機会を捨てられるのだろうか。

「まさか。今はいろんなブランドの服でコーディネートを組んで評判も上々よ。あんた全然見てないの?」

杏華の声に不満が滲む。

「最近残業が多くて見る時間がなかったの」

実際は関心がなくて見ていないだけだけれど。

「ふーん、まあいいわ。それより新居の方はどうなの? 変わったことはない?」
「問題ないわ」
「そろそろ様子を見に行こうかしら。姉として妹の暮らしぶりはしっかり確認しておかないといけないし」
(またその話)

沙絵は浮かない表情を浮かべた。

ここ数日杏華がやたらと沙絵の生活するマンションに来ようとしている。

断っても毎日のように同じ要求をしてくる。初めはなにか企んでいるのではないかと警戒していたが、段々彼女の目的が見えてきた。

「蒼真君は、今日何時頃に帰るの?」

沙絵はスマホを握る手に力を込めた。

「取引先との会食で遅くなるそうだけど」
「だからそれは何時なの?」

杏華がいら立った声を出す。

(やっぱり……お姉さんは蒼真さんと会おうとしてるんだ)

嫌な予感がますます大きくなり、沙絵は警戒しながら問いかける。
「はっきりしないの。彼に伝えたいことがあるなら、私が伝えておくけど」
「それは駄目。直接話があるんだから。それなら彼の携帯の番号を教えてくれる?」

杏華が命令口調で言い放つ。

「連絡先を勝手に教えるのは失礼だから、一度彼に聞いてみるわ」

沙絵はすぐさま断った。時間稼ぎにしかならなあい言い訳だが、どうしても教えたくなかった。

蒼真と杏華が個人的に連絡を取り合うのは避けたい。

(どうせ私の悪口を吹き込もうとするだろうから)
「もう! 沙絵って本当に融通が利かないわね!」

激怒した杏華は、沙絵の返事を待つことなく電話を切ってしまった。

「はあ……」

疲労感が押し寄せる。

実家を出て彼女から距離を置いたけれど、家族である以上完全に縁を切ることはできない。

(お姉さんがこのまま諦めるとは思えないし)

杏華は基本的に熱しやすく冷めやすい性格だが、恨みは忘れない執念深いところがある。

今回の件藻、納得するまで諦めずに連絡をしてくる可能性が高い。

沙絵は暗い気持で、スマートフォンの暗くなった画面を眺めた。

(蒼真さんに話した方がいいのかな)

杏華と蒼真が関わりを持つのは正直言って嫌だが、沙絵が勝手に繋がりを断ち切るのはよくないとも思う。

一度蒼真に杏華の件を伝えておくべきかもしれない。

(次に電話がきたら話そう)

ところがその日を最後に、杏華からの連絡は途絶えた。

あれほど蒼真に執着していたのに、何があったのだろうか。

見当もつかないが、自分から連絡をして聞く気にはなれず、気になりながらも放っておくしかなかった。

そんなある日の深夜十二時。

蒼真が同僚に連れられて帰宅した。彼は酷く酔っているようで、足元が覚束ない。
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