外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
「そ、蒼真さん?」
顔色が悪い蒼真を見て、沙絵は驚きの声を上げた。
「大丈夫。接待で飲み過ぎただけですよ」
蒼真を支えてくれているのは、生駒理玖。彼はヴィアスペースの創業メンバーであるのと同時に、蒼真の親友でもある。
沙絵は、二社間で進めている提携の打ち合わせで顔を合わせる機会があったので、紹介して貰っていた。
「生駒さん、送って頂きありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありません」
沙絵が恐縮して頭を下げると、理玖が穏やかな笑みを浮かべた。
「お互い様なので、お気遣いなく。それよりも沙絵さんひとりでは大変でしょう。中に運ぶのを手伝いますよ」
「……ありがとうございます」
これ以上迷惑をかけるのは気が引けて断ろうと思ったが、百八十センチを超えて筋肉がしっかりある蒼真を、沙絵ひとりで運ぶのは確かに無理がある。結局親切を受け入れることにした。
「本当に気にしないでいいですよ。むしろ俺の方こそ新婚家庭に図々しく上がりこんで申し訳ないです」
「いえ、そんな……あ、そこのソファにお願いします」
沙絵はリビングの中央に配した、三人掛けのソファに蒼真を横たえるように頼んだ。
寝室まで運んで貰うか迷ったが、そうすると寝室を分けていることがばれてしまう。
蒼真が理玖にこの結婚についてどう説明しているのか知らないため、判断が出来なかったのだ。
「分かりました」
理玖が蒼真をソファにゆっくり寝かせた。さすがに少し重そうだ。
沙絵はその間キッチンに入り、理玖のためにお茶を淹れた。
「生駒さん、よかったらお茶を飲んでいってください」
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いていました」
理玖が爽やかな笑みを浮かべた。
(蒼真さんとは親友らしいけど、性格は大分違うみたい)
理玖は社交的で、初対面の相手には警戒しがちな沙絵でも、自然に話せる空気がある。
他愛ない話を少ししてから、沙絵は半ば躊躇いながら切り出した。
「あの、今日はどうしてこんなに沢山飲んでしまったんですか?」
蒼真が酔いつぶれている姿を見るのは初めてだ。
「もしかして会社で問題が?」
ヴィアスペースの問題は、沙絵にとっても無関係ではない。
心配になったが、理玖はあっけらかんと答えた。
「会社の方は全く問題ないですよ。ただ今日は起業当時に世話になった社長との会食だったんですよ。その社長がよく飲む人でね。すぐもう一杯と勧めてくる。蒼真も断れなくてこんな状態に」
沙絵は驚き目を丸くした。
「彼が断われないなんて、相手はよほど立場のある方なんですね」
「いや、そうじゃなくてただ相手に対して恩義を感じているだけです。一番苦労していたときに助けてくれた社長に、蒼真は今でも深く感謝しているんですよ。義理堅いところがあるやつなんで」
「そうなんですか」
「沙絵さんからは、そう見えませんか?」
理玖に問われて、沙絵は戸惑った。
「……まだ彼のことをそこまで知らないので。ただ世間の噂とは違うとは感じています。優しいところもありますし」
「噂?……ああ、成り上がりの冷酷CEOとかかな?」
理玖はどこか呆れたように笑った。沙絵は気まずさを感じながら頷く。
「あれは蒼真に嫉妬した人間が流したデマですよ。うちは急成長したこともあって逆恨みされることが多いんです」
「デマ……そうだったんですね」
「蒼真の態度が偉そうってところは否定しないけど」
冗談めかした理玖の言葉に、沙絵は納得した。
「それでますます誤解されるんですね」
「そうです。しかも面倒だから放っておけって、噂を否定しないから」
(なんだかそう言ってる場面を想像できるかも)
沙絵は思わずくすりと笑ってしまった。
「欠点もあるけど基本的にはいいやつなんですよ」
沙絵は素直に頷いた。
(少なくとも蒼真さんには理解してくれる友達がいるし、義理堅い。冷酷な人とは思えない)
それに沙絵に対する態度も日に日に柔らかくなっている。
(本当は優しい人なのかも)
ソファで眠る蒼真を見ていると、理玖がすっと立ち上がった。
「俺はそろそろお暇します」
「あ、はい。すみません大したおもてなしもできなくて」
「大丈夫ですよ。そうだ、明日は朝一で会議があるので、蒼真が寝坊しないように気にかけてやってください」
「分かりました」
理玖が帰るのを見送った沙絵は、静かにリビングに戻った。