外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
翌朝六時半。沙絵はキッチンで朝食の支度をしていた。
あっさりしたおかゆと副菜を何品か。二日酔いの胃に優しいメニューだ。
手を動かしながらも、頭の中は昨夜の出来事でいっぱいだ。
(あれはなんだったのかな?)
強く抱きしめられた感覚がまだ体に残っている。
会いたいと囁く声は、恋焦がれる相手に対するかのようだった。
どうしても誰かと勘違いしているとしか思えない。
(でも、沙絵って言ってた……夢の中で私と誰かを混同していたとか?)
あの後、蒼真の手が緩んだのでそっと抜け出し、逃げるように自分の部屋に戻りベッドに入ったが、目が覚めてしまって結局朝まで眠れなかった。
あのときの光景が何度も脳裏を過る。どうしても忘れられない。
あんな風に誰かに抱きしめられたのは初めてだった。だからこんなに動揺してしまっているのだろうか。
沙絵は雑念を振り払うように、頭を横に振った。
キッチンカウンターに両手を突き、深呼吸をする。
(もう考えないようにしなくちゃ。酔っ払った意味のない行動なんだから)
「おい、どうしたんだ?」
「わっ!」
悶々と悩んでいるところに突然話しかけられて、沙絵は飛び上がりそうになった。
「具合が悪いのか?」
蒼真が怪訝そうに眉を顰める。
「い、いえ、ただびっくりしただけ」
沙絵はドキドキする心臓を抑えて答えた。
「それならいいが。具合が悪いなら無理するなよ?」
蒼真は本当に心配そうな目をしている。
「……ありがとう」
(昨夜のことは、気にしてないのかな?)
沙絵のように気まずさを感じている気配は微塵もない。
「あの、蒼真さんこそ大丈夫? 昨日かなり酔ってたけど」
「……悪かったな。迷惑をかけた」
蒼真は少し気まずそうに言う。
「気にしないで。今日は朝一で会議があるんでしょ? 朝食準備したから早めに食べよう」
「ああ」
蒼真が頷いたので、沙絵は用意した朝食をダイニングテーブルに並べ、エプロンを外して自分も席に着いた。
「いただきます」
静かに食事をはじめる。蒼真が昨夜のことについて触れる気配はない。
(本当になかったことにするつもりなのかな?)
そうだとしたら空気を読んで、沙絵も振れない方がいいのだろうか。
けれど、どうしても気になってしまう。
(やっぱり聞いてみよう)
「蒼真さん、昨日のこと覚えてる?」
思い切って聞くと、蒼真は箸を置いた。
「無理に飲み過ぎたせいか情けないことに記憶が曖昧なんだ。理玖に送ってもらったことは覚えてるんだが」
「それじゃあ、ソファで寝たのは?」
蒼真の眉根が寄った。それが答えだった。
(全然覚えてないんだ……)
ショックだった。沙絵は眠れないほど悩んでいたのに、蒼真は全く覚えていないなんて。
沙絵は目を伏せた。
自分でも驚くくらいダメージを受けている。
本当は蒼真と話し合いたかったのだ。
昨夜の出来事は何だったのか。どういう気持ちでの発言だったのか。答えを知りたかった。
ふたりの関係が変わるかもしれないと、心のどこかで期待していたのだ。でも結局それは独りよがりの考えでしかない。
沙絵は、はあと息を吐いた。
(もう気にするのは止めよう)
あんな状況は初めてだったから、混乱してしまったのだ。
沙絵は気持ちを切り替えて、蒼真に微笑んだ。
「二日酔いは大丈夫?」
「問題ない。そうだ、話しておきたいことがあった」
「どうしたの?」
「週末、チャリティオークションが開催される。パートナーとして参加してほしい」
「チャリティオークション?」
沙絵は戸惑い瞬きをした。
「ああ。主催者から招待されているんだ」
「分かった。準備しておきます。オークションなんて初めてだから緊張しそう」
「大丈夫だ。オークションと言ってもチャリティが目的だから、イベント色が強いんだ。沙絵も楽しめると思う。準備は俺の方でするから」
「ええ」
沈んでいた気持ちが少し浮上した。
蒼真が沙絵をパートーとして気遣ってくれているのが分かったから。