外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました

(どうして?)

彼は杏華に表と裏の態度があることを知っているはずなのに。

「杏華さんが辛い立場なのは分かりますが、まずは高月さんと話し合うべきだ。第三者を責めても意味がない」
「でも……」

納得できないと頬を膨らます杏華を、蒼真が辛抱強く宥める。
杏華の目には、我儘をどこまでも許すような庇護欲に溢れているように映った。

しばらくすると蒼真はため息を零した。

「先ほどの女性は二藤香音と言って、素行に問題がある人物だ」
「蒼真君どうしてそんなことを知ってるの?」

杏華が目を丸くする。沙絵も疑問を覚えた。

「信頼できる友人から聞いたんだ。彼女は執念深い性格なうえに、ガラの悪い連中との付き合いもあるから危険だ。争うよりも高月さんを説得して距離を置かせた方がいい」
「そんな危ない女なの? もう、孝也さんったらどうしてそんな人と……」

杏華が忌々しそうに唇を噛み締める。沙絵はぼんやりとその様子を眺めていたが、以前父が話していた内容を思い出した。
身分不相応な高月家との縁談に疑問を持ったときの会話だ。

『最近、高月孝也さんがプライベートで問題を起こして信用というか評判が落ちてしまったそうなんだ。それでうちとの結婚でイメージアップを図りたいらしくて』

(あのとき言っていたプライベートの問題って、二藤香音さんが関わっていたのでは?)

孝也は杏華との縁談で過去のやらかしをリセットしようとする一方で、香音との関係も絶ち切れず、今もなおずるずると続いているのかもしれない。

沙絵は複雑な気持ちで杏華を見つめた。

(婚約パーティーのときはあんなに幸せそうだったのに)

まだたいして時間が経っていないのに、もうこんな状況に陥っているとは。

「高月さんのところに戻りますか? それとも先に帰りますか?」

嘆き続ける杏華に、蒼真が尋ねた。

「……帰るわ。今日は孝也さんの顔なんて見たくない」
「では、送ります」

蒼真はそう言うと沙絵に目配せした。予定を切り上げて帰るという合図なのだろう。

沙絵は思わず眉を顰めた。

「でも最後までいなくて大丈夫なの? 主催者に対して失礼になるんじゃ……」

蒼真の立場を心配しての発言だった。

「杏華さんをこのまま放っておけないだろ」

けれど彼は冷たい目を沙絵に向けて答える。焦りから苛立っているようでもあり、沙絵の冷酷さを責めるような声音でもあった。

沙絵が押し黙ると気まずい空気がふたりの間を流れた。そのとき。

「きゃっ!」

杏華の悲鳴が上がった。彼女は立ち上がるときに足をくじいたのかバランスを崩して倒れ込む。

蒼真が素早く杏華の体を支えた。

「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう蒼真君」

杏華が儚な気な微笑を浮かべて甘い声で答えた。

ふたりはそのままエレベーターホールに向かった。蒼真の腕はまだ杏華の背中を支えたままだった。

沙絵は黙ってその後を追う。

胸の奥の騒めきはますます大きくなっていた。

蒼真が振り返ることはない。今、彼の関心は全て杏華に向かっているようだった。

エレベーターで地下駐車場に下りた。

蒼真が車のロックを解除して助手席のドアを開けると、杏華が当然のように助手席に座ろうとする。

沙絵にひと言の断りもない。

蒼真の助けを借りながら杏華がシートに座りながら、流れるように沙絵に視線を向けた。

彼女は口角を上げてにやりと笑った。

沙絵の心臓が掴まれたように軋み、どくどくと嫌な鼓動を刻み始める。

杏華のこの笑みを、沙絵はもう何度も見ている。

ターゲットを定めて、沙絵のものを奪うと決めたときの表情だ。

沙絵の尊厳を踏みにじるときの、傲慢な微笑。

沙絵は自分の体温が瞬く間に下がるのを感じた。

(お姉さんは蒼真さんを狙っているの?)

沙絵から奪おうとしているのだろうか。

信じたくない。だって杏華は一度蒼真との縁談を切り捨てているのだ。

それでもこれまでの彼女の行動を振り返ると、否定できなかった。

未だかつてない嫌な予感が胸を占める。

今日は呆然と、ふたりの姿を眺めることしかできなかった。





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