外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
その日の夜。蒼真は十時過ぎに帰宅した。
「ただいま」
彼はいつになく顔色が悪い。沙絵は姉のことを問いただそうとしていたが、疲れた顔を見たら言い出しづらくなってしまった。
「なにかあったのか?」
蒼真は沙絵の態度に違和感を覚えたのか、怪訝そうに問いかけてきた。
「あの、聞きたいことがあったんだけど、疲れているみたいだから明日にするね」
「待ってたってことは急ぎなんだろ? 今聞くよ」
蒼真がダイニングチェアを引き腰を下ろした。
沙絵は手早くお茶を淹れて彼の正面の席に着いた。蒼真がお茶を一口飲む。沙絵は緊張しながら口を開く。
「昼間、お姉さんから連絡があったの」
「なにかあったのか?」
杏華は電話の件を蒼真に話していないようだった。
「婚約の件とか、いろいろ話したんだけど。そのとき蒼真さんとお姉さんが毎日連絡を取り合っているって言ってたの。本当なの?」
「確かに杏華さんから連絡を貰ってる。先週くらいからだ」
蒼真の声は冷静だったが、ほんの一瞬動揺したのを沙絵は見逃さなかった。
表に出ている態度よりも、内心では動揺しているのかもしれない。
(それに、お姉さんが言ってことは本当だったんだ)
いつのも嘘ではなかった。
喉が詰まったように息苦しい。
「……そんなに仲がいいなんて知らなかった」
「仲がいいって程じゃない。会社の前で偶然会って連絡先を交換したんだ。それから連絡がくるようになって、時間があるときは話すくらいだ」
「そうなんだ」
沙絵はそれ以上追及することができなかった。
根掘り葉掘り聞き出そうとしている自分が嫌になったし、彼のプライベートにどこまで踏みこんでいいのか分からなかった。
そんなことが許されるのか自信がなかった。
詮索するなと突き放されるのが怖くて、怖気づいてしまったのだ。
結局、中途半端に問い詰めたことで、一層不安が募る結果に終わった。
婚約者の交換なんて受け入れるつもりはない。
けれど、杏華は翌日から沙絵を揺さぶりはじめた。
蒼真と会っていると匂わせるような写真や、彼とのトークルームスクショなどを、メッセージで送りつけてくるようになった。
ふたりの親密さをアピールして、沙絵に諦めさせようとしているのは明らかだった。
杏華の魂胆は透けて見えた。
でも分かっていても、沙絵のメンタルは少しずつ削れていった。
スクショを見ると、杏華のメッセージに、五分と空けずに蒼真が反応している。他愛ないやり取りが長々と続いている。
沙絵は自分と蒼真のトークルームを開いた。
今日は遅くなる。明日は出張で帰らないなど、必要最低限の連絡しかない。
沙絵が元々メッセージアプリでおしゃべりをするタイプではないというのもあるが、杏華との差は明らかだった。
事実を認めると沙絵の胸は強く痛んだ。焦燥感が込み上げて苦しくて仕方ない。
(私、いつの間にか割り切れなくなってたんだな)
お見合いをしたときは、お互い干渉しないビジネスの延長上の結婚で構わないと思っていたのに。冷たい人だと恐れていたのに。
今は彼を失いたくないと思っている。
自分でも不思議なくらい彼を好きになっていた。