外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました

その後、蒼真は沙絵に婚約祝いのプレゼンとを贈った。

沢山の店を回り、沙絵の似合いそうなものを自ら選んだものだ。

沙絵は予想よりもずっと喜び、お礼にと念願の手料理を振る舞ってくれた。

プレゼントがきっかけになったのかは分からないが、沙絵との距離が近づくのを実感した。

敬語で話すことが少なくなったし、彼女が部屋に閉じこもる時間も明らかに減った。

苗字ではなく名前で呼んで貰うことにも成功した。

欲を言えば昔のように蒼真と呼び捨ててほしいが、それが叶うのは、もう少し先のことになりそうだ。

プライベートが上手くいくと、仕事もついてくるのか、全てが順調だった。

雪丸運輸との提携も上手く進んでおり、ヴィアスペースの配送状況が改善している。

 
しかしそんなある日、蒼真の元にトラブルの元が舞い込んできた。

「蒼真君!」

大きな声で呼びかけられたのは、少し遅い昼食の為にひとりオフィスビルを出てすぐのことだった。

蒼真は眉をひそめて立ち止まる。すると背後から足音が近づき蒼真のすぐ隣で立ち止まった。

「よかった会えて」

満面の笑みでそう言ったのは、沙絵の姉、杏華だった。

彼女は華やかなロイヤルブルーのスーツ姿と、オフィス街でもひときわ目を引く装いだった。

「杏華さん」

蒼真は僅かに笑みを浮かべた。

正直言うと杏華に対して苦手意識がある。彼女の無神経な言動が見ていられないのだ。

本来なら距離を置きたいタイプだが、沙絵の家族に無礼はできない。

「仕事ですか?」
「ううん。蒼真君に用があって来たのよ。受付に行く前に会えてよかった。偶然だけど、今日はついてるわ」
「俺にどのような用件で?」

蒼真は僅かに戸惑った。

杏華は雪丸運輸の社員ではないから、仕事がらみではなさそうだ。かといってプライベートでの接点などない。

「実は蒼真君に相談したことがあって」
(相談? なぜ俺のところに来るんだ?)

そんな不可解な気持ちを察したのか、杏華が慌てたように付け足す。

「沙絵も関係している話なの。少し時間を貰えない?」
「……分かりました」

気は進まなかったが沙絵も関係しているとなれば、放っておくこともできない。

蒼真は近くの洋食屋に杏華を連れていった。

「わあ、可愛いお店ね。蒼真君ってセンスがいいわ」

レトロな店内を眺めて杏華ははしゃいでいたが、一番近くて空いてそうな店を選んだまでだ。

蒼真は適当にミックスサンドとアイスコーヒーを注文して、杏華に相談内容とやらを話すように促した。
すると杏華は、はしゃいでいたのが嘘のように、花が萎れるような寂し気な表情になった。

「相談っていうのは孝也さんとの結婚のことなの。彼、最近外出すると連絡が取れなくなるし、私に対する態度も変わってきた気がするの。雑になったというか……」
(まさか恋愛相談じゃないだろうな?)

蒼真が一番苦手としているジャンルだ。

聞いた感じでは沙絵にはあまり関係がない内容な気もする。それでも辛抱強く続きを促した。

「私、このままじゃ彼と結婚できないわ」
「……高月さんと話し合ったんですか?」
「悲しい気持は伝えたの。寂しいからもっと側に居てほしいって、彼の前で泣いてしまったわ」

蒼真は複雑な気持ちで頷いた。

杏華の感情を隠さない言動は、沙絵が絶対にしないようなものばかりだ。姉妹といっても大分違う。

(側に居てほしいか……もし沙絵にそんなことを言われたら、一週間は休暇を取ってもいい)
「でも、孝也さんは全然慰めてくれないの。行かないでって言っても聞いてくれないし。彼、私のこともう愛していないのかもしれない。蒼真君どう思う?」

話している内に感情が高ぶったのか杏華の瞳に涙が滲む。

蒼真は困り果てて腕を組んだ。

(どう思うって、間違いなく愛されてないだろう。だからって正直に答えていいものか)

既に泣いている女に追い打ちをかけるのは気が引ける。

(そもそも、相談する以前に分かり切ってることじゃないか? 本当に大切な相手なら泣かせないようにするだろ)

間違いなく高月孝也は杏華に対して感情がないのだろう。しかも蒼真にも聞き覚えがある話だった。

(婚約パーティーで浮気相手がいるような話があったな)

蒼真は目を細めて当時の記憶を呼び起こした。

『孝也さん、本当に婚約したんだね。香音とは別れるのかな?』
『別れないだろ。この婚約はあいつの地に落ちたイメージ回復のためで感情はないんだから』
(そうだ、香音って名前の女がいるという話だった)

孝也の友人の間でも公認の相手のようだったから、長く付き合っている相手なのかもしれない。

しかし蒼真は杏華にその事実を伝えるつもりはなかった。

余計な介入をして問題が悪化するのも困る。こういうことは当事者が解決するべきだろう。

結局蒼真は黙ったままだったので、相談相手としては最悪だった。

けれど杏華は、他に相談相手がいないのか蒼真を頼りたいと言い出した。

「申し訳ないが俺はこの手の相談相手として相応しいと思いません」

はっきり断ったが、杏華は「そんなことない」と譲らない。

「なるべくなら婚約解消にならないようにしたいから、相談に乗ってほしいの。だって婚約解消になったら雪丸運輸も困るもの。沙絵だって悲しむわ」

うんざりしていた蒼真は、沙絵の名前が出てきたことで目つきを険しくした。

(確かに沙絵にとっては他人事じゃないな)

蒼真は改めて杏華を眺めた。

頼りなく涙をこぼす姿は、一般的には庇護欲を誘うものかもしれない。

けれど僅かな違和感がある。

ふと彼女の訴えは真実なのか疑いを感じた。

ただの直感だが、沙絵の前では厚かましささえ見せた彼女が、婚約者の浮気疑惑の段階でここまで弱るものだろうか。

しかし彼女が蒼真に対して演技をする意味はない。

「ねえ蒼真君、孝也さんが浮気をしていないか調査をしてもらえない? 蒼真君ならそういうことの伝手があるでしょ?」

(俺に相談に来たのは、それが目的か?」

「ないわけではないが、調べてもし相手がいた場合婚約解消するんですか?」
「それは……孝也さんが別れてくれるなら続けられるように努力する。雪丸運輸のためだもの。でも何も知らないのは辛いの。私は真実を知りたい。お願い蒼真君」

杏華の熱心さは蒼真も圧倒するものだった。少しくらいなら協力してもいいかもしれない。

なんといっても、彼女は親族になるのだから。

「では、調査会社を紹介しますから。杏華さん自身が依頼してください」
「蒼真君が間に入ってくれないの?」

杏華の声は依存を感じるもので、蒼真はいいようのない危機感を覚えた。

「この手の問題は他人が間に入らない方がいいと思います」

助けるといっても、最低限の線は引くべきだ。

きっぱり断ると杏華は不満そうにしながらも引き下がった。

蒼真は知人が経営する調査会社を紹介して、杏華と別れた。
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