外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました

翌日は土曜日で仕事が休みだったため、沙絵は庭にビニールプールを出して、双子の水浴びをしていた。

「きゃー!」

カラフルな水着を着た幼児が、プールの中ではしゃぐ姿は、沙絵の沈んだ心を癒してくれた。

昨日祖母と話したからか、夢に蒼真が出てきた。

夢の中の彼は当時と変わらず凛々しく堂々としていた。けれど沙絵に気付いても、まるで道端の石ころを見るように無視をした。

その態度がやけにリアルで、目が覚めた今も沙絵の胸を蝕んでいる。

(あれこそが現実なんだろうな)

沙絵が蒼真との再会を恐れているのは、彼に拒絶されるのを恐れているからでもある。

あの優しかった眼差しが氷のように冷たくなっているのを見たくない。

「いー! だー!」

聡志が怒った声を上げた。泉美に水をかけられて怒っているようだ。「聡志も泉美も仲良く遊びなさい」

声をかけたそのとき、じゃりっと庭の砂利を踏みしめる音がした。

沙絵ははっとして顔を上げる。

「すみません、玄関で声をかけたんですが、聞こえなかったようで失礼させて……」

そう言いながらやって来た男性の姿を目にして、沙絵は信じられない思いで硬直した。

(ど、どうして蒼真さんが?)

蒼真も庭にいる人物が沙絵だと気付くと、驚愕の表情を浮かべた。彼はその場に立ち止まり、言葉なく沙絵を見つめている。

記憶と変わらない端整な顔立ち。けれど夢で見た彼よりも少し痩せていた。

「……沙絵」

蒼真の声は震えていた。その様子から彼は沙絵がいると知らないで、ここにやって来たのだと分かった。

沙絵の心臓が狂ったように脈打っている。真夏だというのに緊張のあまり寒気を感じた。

それでもゆっくりと立ち上がった。

口を開こうとしたけれど、何を言えばいいか分からない。

ごめんなさい、なんて自分に言う資格があるのだろうか。どんな謝罪も自分の行動に対して軽く感じる。強い罪悪感に苛まれたそのと
き、蒼真が素早く近づき沙絵の体を抱き寄せた。

「沙絵……やっと見つけた!」

蒼真の声は激しい感情の高ぶりからか掠れていた。

沙絵はまるで現実とは思えない状況に固まりされるがままになっていた。

蒼真の腕に力が籠る。彼の激しく高鳴る鼓動を感じて、目の奥が熱くなった。

(絶対怒っていると思ったのに、嫌われていると思ったのに)

蒼真はあんなに酷いことをした沙絵を、今でもこんなに求めてくれている。

「蒼真さん……」

沙絵は震える声で彼の名を呼び、広い背中に腕を回そうとした。けれどそのとき、甲高い子供の声が辺りに響いた。

「ママー!」
「だーめっ!」

沙絵ははっとして蒼真の腕の中から抜け出した。

声の方に目を遣ると、聡志と泉美が泣きそうな顔をして沙絵たちを見つめていた。

沙絵は慌ててふたりの元に駆けつけた。

「ごめんね、大丈夫だよ、怖くないからね?」

きっと子供心に母親が何かされるではないかと不安を感じたのだろう。

頭を撫でてあげると、ようやくほっとしたのか、ふたりの顔に笑顔が戻った。

ただ安心したことで、今度は蒼真の存在に興味を持ってしまったようだ。

大きな丸い目をじっと蒼真に向けている。

観察されている蒼真の方は、信じられないといったようにこちらを見ている。

彼は沙絵が出産したことを知らないのだから当然だ。

「沙絵……この子たちは?」

混乱する蒼真を見て、沙絵は覚悟を決めた。

(もう隠せない……)

隠してはいけない。全てを話そう。

「蒼真さん、説明するから部屋の中で待っていてくれますか?」

沙絵の真剣な目を見て、蒼真は渦巻く疑問をいったん飲み込んでくれたようだ。沙絵が案内した庭に続く客間に姿勢よく座り、子供たちの様子を眺めている。

沙絵はまだ遊びたがる双子を宥めてプールから出し、手早く昼寝の準備をした。

聡志も泉美もプール遊びで疲れていたようで、すぐに眠りに落ちた。

沙絵は蒼真のお茶を淹れ直してから、彼に向き合った。

「待たせてごめんなさい」
「いや……子供たちは大丈夫なのか?」
「はい。お昼寝中なので」

会話が続かず沈黙が訪れた。お互い言葉を探しているのだと分かっている。

聞きたいことは山ほどあるのに、踏み込めない、そんな緊張感が室内に漂っている。

「あの……どうしてここが?」

蒼真は複雑そうな表情を浮かべて沙絵を見つめた。

「……この町に沙絵の祖父母の家があるのは知っていた。沙絵が家を出て次の月にはここまで探しに来たんだ。でも君は不在で、その後はあらゆる手を尽くして探したよ。出国していないのは分かっていたから、国内あちこちそれこそ日本中を回った」
「日本中を?」

沙絵の瞳が揺れた。蒼真がそこまでして自分を探してくれていたとは思わなかったのだ。

「ああ、日本は結構広いんだって改めて実感した」

蒼真は冗談めかして言ったが、それはこの気まずさを誤魔化すためだとお互いに分かっている。

蒼真はため息を吐き目を伏せた。

「沙絵はいつかここに戻ってくると思ってたんだ。迷惑だとは思ったけど、お祖父さまに何度か電話をしたよ。いつも戻ってないと言われていたけど、昨日初めて訪ねてくるように言われたんだ。それで今日ここに」

沙絵は思わず目を見開いた。

蒼真の話は驚愕だった。彼が沙絵を日本中捜し続けていたことも、祖父母に何度も連絡していたことも。けれど一番は祖父が彼を呼ん
だということだ。
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