外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました

◇◇

九月上旬。沙絵は蒼真のパートナーとして、ヴィアスペース創立五周年記念パーティーに出席していた。

まだ結婚式は挙げていないが、婚姻届けを出し、双子も蒼真の戸籍に入れてある。沙絵は正式な妻として、皆の前で紹介されることになっていた。

パーティーには様々な業界からの招待客が集まっていた。

そんな中で大勢の人たちの注目を浴びて、沙絵は心臓が喉から飛び出しそうな緊張感に苛まれていた。

けれど沙絵が不安を覚えているのは、人々の目だけではなかった。

このパーティーの途中に杏華が何か仕掛けてくる可能性がある。蒼真からそう聞いていたのだ。

「ねえ蒼真、本当にお姉さんは騒ぎを起こすの? このさすがに無理だと思うんだけど」

杏華は外面を気にする性格だ。こんなところで騒いだら自分が恥をかくだけではないだろうか。

「情報は掴んでいる。杏華はここで沙絵に恥をかかせるつもりなんだ」
「そんな……」
「でも心配しなくていい。しっかり対策してある。沙絵は俺を信じてくれたらいい」

蒼真はそう言って不敵に笑った。

パーティーは沙絵の心配をよそに、なんの問題もなく華やかに盛り上がって進行した。

沙絵は蒼真に寄り添い、多くの人の挨拶を受け続けた。

皆、ヴィアスペースの新たな社長夫人を快く歓迎してくれていた。

中盤になると舞台のスクリーンにヴィアスペースのプロモーションが流れはじめる。

センスあふれる動画を眺めているそのときだった。

見覚えがある女性が、突然スクリーンの前に飛び出してきた。

彼女は何かを探すようにキョロキョロと首を巡らす。

何ごとかと人々が騒めく。沙絵も驚き様子を窺っていたが、女性と目が合った瞬間、激しく睨みつけられたことで、彼女が探しているのが自分だと察したのだった。

頭に浮かんだのは、杏華がなにかしたのではないかということだった。

女性は激怒しながら司会者が持っていたマイクを奪い取る。

(なにをしようとしてるの?)

そのとき蒼真が沙絵の手を掴んだ。

「沙絵、大丈夫だ」

蒼真はこのイレギュラーな状況でも少しも慌てず落ち着き払っている。

「蒼真、あの人は誰なの? とめなくていいの?」
「彼女は二藤香音。高月孝也の愛人だ」
「あっ、あの時の……見覚えがあると思った」

チャリティオークションで杏華と揉めていた相手だ。

「なにかしかけてくると思ったが、予想より大胆だな」
「あの人何をするつもりなの?」
「沙絵を中傷してくるだろう。でも対策はしてあるから沙絵は堂々としていればいい。俺がついてる」

沙絵は蒼真の発言に驚く一方で、心が鎮まっていくのも感じていた。
彼が側にいれば大丈夫。強い信頼感が心を強くしてくれる。

舞台では香音が甲高い声で叫び声を上げた。

「今日私はある女を告発をします! 名前は友崎沙絵。彼女は私と私の恋人のプライベートな写真をばらまき、私たちの仲を引き裂こうとしました! 彼女は犯罪者です! ヴィアスペースの社長夫人には相応しくない女です!」

その告発を聞いた招待客が一同に騒めきはじめる。

沙絵に向けられていた好意的な視線が、疑惑の目に変わっていく。

(何を言ってるの?)

身に覚えがない訴えに、沙絵は激しく動揺した。

「友崎沙絵、今ここで私に謝罪しなさい!」

香音が叫び声をあげる。マイクがキーンと音を立てて場が騒然とした。

沙絵は信じられない思いで香音を見返した。

彼女がどんな被害を受けたのかは知らないが、こんな公の場で他の人の迷惑をかけてまで告発するのは身勝手すぎないだろうか。

杏華と同様、理解ができない相手だと思った。

沙絵は怒りを感じながら一歩前に出る。

「沙絵、君は行かなくていい」

蒼真が留めたが、沙絵は首を横に振った。

「ううん、言わせて」

蒼真は沙絵の行動に驚いていたようだが、「わかった」と手を引いてくれた。

沙絵はもう一つのマイクを手に取り、香音を見据えた。

「二藤香音さん。私はあなたがおっしゃったような犯罪行為には一切関わっていないと、この場で断言させていただきます」
「何言ってるの? 証拠があるんだからね!」

香音が更に激高する。

「あなた多分他の誰かにそそのかされているのでしょう。でもヴィアスペースの晴の場で騒ぎを起こしたのはあなたの責任です」
沙絵はそこまで言うと、蒼真にマイクを委ねた。
彼は沙絵を庇うように前に出ると、威厳がある声で告げた。
「二藤香音のプライベートの写真をSNSで拡散し、マスターデータを高月家に送ったのは、私の妻ではなく別の人間だ。ここに証拠を示す」

蒼真の言葉と共に、スクリーンが変化する。そこに映し出されていたのは、IPアドレスなどから割り出した証拠を整理した一覧だった。

拡散の元になったアカウントの持ち主――そこには高月杏華の名が記されていた。

香音の顔色が一気に変化する。

「君は高月杏華に偽の証拠を掴まされて踊らされただけだ。恐らく今日この場で騒ぐように誘導されたのだろう。目的は君に妻を攻撃させること。その結果君はヴィアスペースから」名誉棄損で訴えられる」

蒼真の説明を聞いて沙絵は全てを理解した。

(お姉さんは私と香音さんの気にいらないふたりを攻撃しようとしたんだ)

ただ蒼真の情報収集力が杏華の予想を超えていたため、全て読まれて対策されてしまったということだ。

香音は取り返しのつかない過ちを犯し、杏華はこれほどの人々の前で卑劣な行為を明かされた。

おそらく蒼真はあえて香音の行動を見過ごしたのだろう。すべては杏華の本性を、皆の前に晒すために。

警備のスタッフが現れ、香音が連れ出されていく。

「お騒がせして申し訳ありません。アクシデントがありましたが、解決いたしました。引き続きご歓談をお楽しみください」

蒼真が何ごともなかったようにパーティーを再開させると、華やぎが戻った。

けれど杏華と香音の行為は、人々の記憶に確実に残ったのは間違いなかった。
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