外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
初対面の人と待ち合わせをするときは、上手く落ち合えるのか不安になることが多い。
けれど蒼真に関しては、その心配は全くなかった。
上質なダークグレーのスーツを着こなす彼は、とても目立っている。
革張りのソファに背筋を伸ばして座る姿は、まるで映画の一場面のようで沙絵は見惚れずにはいられなかった。
沙絵は一度立ち止まり気持ちの準備をしてから、彼が待つ窓際の席に向かった。
「失礼します。日堂さんでいらっしゃいますよね。お約束している友崎沙絵です。お待たせして申し訳ありません」
声をかけると、蒼真の視線が沙絵に向いた。
彼の瞳になにかの感情が浮かんだ気がしたが、それはほんの一瞬のことで、すぐに冷静に頷いた。
「それほど待っていない。座ってくれ」
低く記憶に残るような声は、他人に指示をすることに慣れているものだと感じた。
「失礼します」
沙絵は椅子を引き腰を下ろした。その間も、蒼真に見られている気配がする。
再び目が合ったとき、沙絵はつい中途半端な笑みを浮かべてしまった。
人生初めてのお見合いなうえに、取っつきやすい雰囲気がある相手ではないため、とても気まずいのだ。とはいえ、無言のままでいる訳にはいかない。
「あの、本日はよろしくお願い……」
まずは無難な挨拶をと、口にしたそのときだった。
「あれ? 沙絵じゃない!」
甲高い女性の声が響き渡った。
はっとして声の方に顔を向ける。
「えっ?……お姉さん?」
いつの間にかテーブルの直ぐ近くに笑顔の杏華が佇んでいた。
(どうしてここにいるの?)
驚愕の声を上げる沙絵を見て、杏華が得意げな顔をする。
「友達と食事に来たら沙絵を見かけて……そういえば、今日、お見合いだったのね」
杏華のわざとらしくもちっとも悪びれないその態度に、沙絵は顔をひきつらせた。
どう考えても、知っていて来たのだろう。
(まさか、邪魔しに来たの?)
嫌な予感がこみ上げる。しかし杏華は、沙絵の顔色などお構いなしに、蒼真に向かって愛想よく笑いかけた。
「日堂さんですよね。はじめまして。沙絵の姉の杏華です」
流れるように自己紹介が始まり、沙絵は呆気にとられた。
家族とはいえお見合い中に突然割り込み語り始めるなんてあまりに非常識だ。
「お姉さん、まだお見合い中だから、悪いけど……」
堪りかねて割り込んだ沙絵の言葉を、杏華が高い声で打ち消す。
「日堂さん、沙絵が失礼をしていませんか?」
心配そうな声音だが、ギラギラした目が、この場をかき乱したいという意図が隠しきれていない。
蒼真の眉根が少し寄った。
「いえ、まだ顔を合わせたばかりですから」
素っ気ない返事だった。気を悪くしているのか、いつもこんな反応なのか判断がつかない。
けれど杏華は相手の反応など気にしない性格だ。
口を止めないどころか、いかにも困っていますというような表情を作りため息を零しながら続ける。
「それならよかったですけど……沙絵ったらずっと片思いの相手がいて、お見合いなんてしたくないって騒いでいたんです。だから姉としてとても心配で……」
(えっ? なんてことを言うの?)
沙絵は衝撃のあまり目を見開いた。
本人を目の前にしてあまりに失礼な発言だ。そもそも沙絵は父にも杏華にも見合いが嫌だなんてひと言も言っていないのに。
ずっと方想いの相手もいない。完全なデマだ。それでも事情を知らない蒼真は誤解するかもしれない。
沙絵は、恐る恐る対面の蒼真に目を向けた。
彼はやはり気分を害してしまったようで、顔色が悪い。
空気が凍り付く中、わざとらしい声が続く。
「あ、ごめんなさい、心配でつい余計なことを言ってしまったかもしれません」
杏華は口元に手を当てて眉を下げる。
申し訳なさそうな表情に見えるが、心の中は笑っているに違いない。
(やっぱり邪魔をしに来たんじゃない!)
杏華は玉の輿を狙い高月グループ御曹司との縁談を選んだが、蒼真の写真を見てとても気に入っていた。
おそらく、沙絵がイケメンと見合いをすることが許せなかったのだろう。
今までも杏華は沙絵がいい思いをするのは許せないとばかりに、さまざまな手段で邪魔をしてきた。
だから慣れてはいるのだ。ただ今回は酷すぎて、怒りがこみ上げる。
それでも蒼真の前で感情的になる訳にはいかず、テーブルの下で手をぎゅっと握りしめる。
対象的に杏華は上機嫌で、空気を読まない笑みを浮かべながら続ける。
「でも安心してくださいね。私がしっかり言い聞かせますから。友崎家はこの縁談を重視しているんですよ。あ、友人が来たのでこれで失礼しますね、日堂さんはごゆっくり」
目的を果たして満足したのか、杏華が軽い足取りで去っていく。
蒼真は険しい表情で、杏華が去った方を眺めていたが、しばらくすると沙絵に視線を戻した。