外れ夫と結婚したのに、気付けば憧れの愛され妻と呼ばれていました
2 厄介な婚約者
見合いから三日後。

沙絵は残業をせずに会社を出て、地下鉄で三駅移動した先にある通い慣れた小料理屋に向かった。

こじんまりした店の暖簾をくぐって入り、店員の案内で四人掛けのテーブル席に腰を下ろした。

お品書きをなんとなく眺めていると、ガラガラと引き戸が開き、小柄な女性が慌ただしく入ってくる。

寺森日和(てらもりひより)。沙絵の高校時代からの親友だ。

「日和」

沙絵が軽く手を上げて合図を送ると、彼女はすぐに気づき近づいてきた。

「沙絵、ごめん遅くなって待たせた?」
「私も少し前に来たところだよ」
「そっか」

日和はほっとしたように笑った。

目じりが上がった大きな目は、彼女の活発な性格を表している。顎のラインまでのボブヘアにシンプルなカラーレスメイク。服装はいつもより少し硬い印象の紺のスーツ姿だ。

「日和のスーツ姿久しぶりに見た。今日、なにかあったの?」

日和は法律事務所でパラリーガルとして働いている。オフィスでの服装は、一般的なオフィスカジュアル。

その中でも日和はラフなイメージの服を好んで着るので本当に珍しい。

沙絵が思わず尋ねると、日和は疲れた顔で頷いた。

「今日はずっと先生のお供で外回りだったの。歩き疲れたよ。もう九月も半ばだってのに真夏みたいに暑いしもうくたくた。冷たいビール飲みたい」

沙絵は店員を呼び、料理を何品かと日和の生ビール、自分用にウーロン茶を注文した。

「あ~美味しい! 生き返る」

日和は満足そうな笑みを浮かべてから改まって沙絵を見つめた。

「それで、急に会いたいなんて何かあったの?」
「うん。近い内に結婚することになりそうだから、日和には話しておこうと思って」

沙絵は焼き魚の身をほぐしながら淡々と報告した。

「はっ? 結婚?」

日和が驚愕の声を上げる。彼女は大きな目を見開き沙絵をじっと見つめた後、テーブルに身を乗り出してきた。

「どういうこと? 彼氏ができたなんて聞いてないけど?」
「彼氏はいないけど、お見合いしたの」

日和が不思議そうに瞬きをした。

「なんで急にお見合い?」
「うちの会社とお見合い相手の会社が提携することになったの。繋がりを強固にするための縁談」

沙絵はここ数日の出来事を簡潔に説明した。

話を聞き終えた日和の眉間にしわが寄る。

「事情は分かった。でも結婚まですることないんじゃない? 強い強制力がある契約書を交わせばいいんだし……ねえ、もしかして継母に強制されたの?」
「違うよ。聡子さんはこのお見合いには関わっていない」

聡子とは杏華の実母、沙絵にとっての継母の名前だ。

沙絵と聡子の関係は言ってよくない。表立って争っているわけではないが、埋めることができない深い溝がある。

沙絵が聡子に親しみを持てないのは、正義も公平性もないからだ。彼女は表向きには実娘と継娘に対して分け隔てなく接すると言いながら、実際はどんな状況でも杏華の味方をして沙絵を罰する。

父には沙絵が我儘だと悪口を拭きこみ、少しずつ父と娘の関係に溝をつくろうとした。板挟みになった父はどちらの味方をすることも出来ずに、傍観者に徹するようになった。
味方のいない沙絵は多くの理不尽に耐えてきたのだ。

日和は沙絵が苦労してきたことを知っているため、聡子に対する警戒心が強い。

「本当に? 陰でおじさんをそそのかしてるってことは?」
「ないよ。聡子さんはむしろ私がお見合いするのを邪魔したがってるから」

聡子はどんなときでも杏華が一番幸福であることを望む。沙絵が良縁に恵まれ玉の輿に乗ることなんて絶対に許せないと思っているはずだ。

「たしかに」

日和も納得したように深く頷いた。沙絵は綺麗に取り分けた魚の身を自分の鳥皿の上に乗せ、残りを日和に差し出した。

「ありがと。沙絵って魚の身をほぐすの本当の上手」

日和はお返しとばかりにサラダを取り分けてくれる。

「それじゃあお見合いは強制されたわけじゃないのね」
「うん、自分で決めた」
「それならいいんだけど……」
「本当に大丈夫だから心配しないでね」

沙絵が念を押すと、日和はようやく納得したように微笑んだ。

「分かった。ねえ、相手はどんな人なの? イケメン? 気が合いそう?」

興味津々といった日和の問いに、沙絵は表情を曇らせながら答える。

「外見はモデルレベルなんだけど、性格は合わないかな……すごく冷たい感じの人」
「えっ、それは微妙……目の保養になるのはいいけど、冷たいのはなあ……結婚して一緒に生活るするとなると容姿より性格の方が重要だよね」

沙絵も同じ考えだが頷かずに淡々と返す。

「でもお互い割り切った結婚だし、一緒に過ごす時間はあまりないかもね」

蒼真の冷ややかな眼差しが脳裏を過る。そこには情など欠片もなかった。普通の夫婦らしい生活を送ろうと考えているとは思えない。

(仮面夫婦になるんだろうな)

「それで本当にいいの? 寂しくない?」

日和が心配そうに言う。

「うん」
「無理しない方がいいよ」
「本当に大丈夫、心配しないで」

それは本心だった。沙絵はむしろ仮面夫婦でいいと思っている。

距離を置き関わらなければ、揉めることなく、お互い自由で平和に過ごせるだろうから。

「そっか……沙絵が割り切ってるなら応援するよ。同居しているうちに、相手を好きになることもあるかもしれないしね」
「そうだね……」

沙絵は親友の励ましに微笑んだ。けれどあの蒼真と仲良くなる未来など、どうやっても想像ができなかった。
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