夫が愛人を連れ込んだので、悪女らしく「円満」離婚いたします
「よくもまあ、あそこまでうまく魔力を練り込んで造り上げたもんだ」

 隣でシエルが肩を竦めるのを気配で感じながら、グレースはグラスの中に視線を移し、苦笑交じりに言葉を紡いだ。

「そういう家系ですもの。……エルヴィスは知らぬままでしたけれど」

 彼とは早々に、離婚したいと考えていた。もう随分と前から、ずっと。

 結婚当初こそ、どうにか“妻”として認めてもらおうと努力したものの、来る日も来る日も罵倒され、存在価値を否定され続ける日々の中で、そんなものは無意味だと悟った。何をどうしたところで、この人は私を“妻”として、それどころか"人間"としても認めることは決してないのだろう、と。

 王侯貴族にとって、“政略結婚”とはごくありふれたものだ。愛のない夫婦なんて、この大広間にもたくさんいるだろう。けれど、だからといって、相手を貶すことが許されるわけではない。罵られ、嘲られる立場を、何故甘んじて受け入れねばならないのか。妻というだけで。女というだけで。グレースには、その何もかもが腹立たしかった。

 とはいえ、そう簡単に離婚出来るわけではない。感情のままに突き進めば、何処かで必ず躓く。故に、計画立ては重要だった。社交界での立ち位置や、実家に及ぶ影響を思えば、特に。

 浮気の証拠は幾らでもあった。脇が甘いというわけではなく、そもそもエルヴィスは愛人の存在を隠してはいなかったからだ。抱擁や口付けを、グレースの目の前でも平然とやってのける――見せるつける――くらいに。

 その幾つかの浮気を原因として、別れを切り出すことは確かに出来た。しかし、他家の令嬢まで巻き込めば、要らぬ面倒事を引き起こしかねない。今後もこの世界で生きていかねばならないのだから、それはなるべく避けたかった。外聞云々というより、ただただ割に合わないからだ。

「怖い女だな、君は」

 愉しげな口調で呟いたシエルに、グレースはゆっくりとひとつ瞬きながら含み笑う。

「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「俺もそのうち騙されそうだ」
「殿下を騙して何になるというのです」

 グラスを軽く揺らし、小さな吐息をこぼして、グレースは血のように赤い葡萄酒をひと口含む。

「わたくしは、ただ――」

 言葉を呑み、グレースは再びエルヴィスへ目を向ける。“最愛の女”を連れた元夫の哀れな姿に。

 嫉妬に狂った妻の仕業とは、絶対に捉えられたくなかった。或いは、怒りによる妄言と。そう思われるのは甚だ不本意なことだった。あのエルヴィスに同情を寄せる者など、ひとりたりとも作りたくはない。

 これまで散々“妻”としても“人間”としても、彼に蔑まれてきたのだ。今度はエルヴィスを、“侯爵家当主”としても“人間”としても、地に落としたかった。完膚なきまでに。
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