夫が愛人を連れ込んだので、悪女らしく「円満」離婚いたします
「エルヴィスや、術者の君には、あの泥人形はどんなふうに見えているんだ?」
「とても懐かしい姿ですわ。殿下もよくご存知の」
誰とは言えませんけれど。意味深にそう言い添え、グレースはちらりと、隣に立つシエルを一瞥する。魔力を持った彼にも、あれはただの“泥人形”にしか見えていないのだ。確かにうまく造り上げることが出来たのだろう。
けれどエルヴィスにはそれが、“己の最も理想とする女”に見えるようになっている。淡い桃色の髪の毛に、翡翠を溶かしたような緑色の瞳。その姿は正に、嘗て婚約相手として挙がっていた、公爵令嬢の姿と瓜二つだった。
呆れたものだ、と、グレースは元夫の滑稽な笑顔を見ながら思う。疾うに終わった縁談に、手に入れられるはずだった輝かしい未来に、未だ情けなく縋り付いているとは。
「これは悲劇か? それとも――」
“人間用”の麗しいドレスを着せられ、豪華なネックレスやピアスまでつけられた奇っ怪な泥人形を、“新しい妻”として嬉々と紹介する男。そんな彼を前に、男爵はどうにか愛想笑いを繕っているけれど、夫人の顔は歪に引き攣っているのが遠目にも分かる。すっかり腫れ物扱いされているのは、周囲に居る他の人々の軽蔑めいた様子を見れば明らかだ。
「喜劇なんだろうか」
シエルの問いに、グレースはくすりと笑う。
「さあ。どうなのでしょう」
彼が“真実の愛”の相手として見つけたアシュリンは、この世に存在しない。彼女は感情も思考もない、ただの泥人形でしかないのだから。端からエルヴィスを愛せるはずもない。それでも彼は、“真実の愛”だと信じ込んでいる。ただ独りだけ。
男爵夫妻と別れ、今度は子爵家の当主に声をかけようとしているエルヴィスを眺めつつ、グレースはグラスに残っていた葡萄酒をひと思いに呑み干す。通りかかった給仕に、空になったグラスを渡して隣を見遣ると、苦笑を滲ませながらこちらを見つめるシエルと目が合った。
「――“悪女”を演じるには、君は少しやさしすぎたな」
紡がれた言葉の意味――というより、真意――が読み取れず、グレースは僅かに目を瞠らせながら、首を傾ける。
どこをどうとれば、“やさしすぎた”などと言えるのだろう。これは正義かと問われれば、否、と答えるしかないというのに。嫉妬に駆られた妻の狂気だと思われたくはないけれど。しかし事実として、あの泥人形は復讐の産物でしかないのだから。
「とても懐かしい姿ですわ。殿下もよくご存知の」
誰とは言えませんけれど。意味深にそう言い添え、グレースはちらりと、隣に立つシエルを一瞥する。魔力を持った彼にも、あれはただの“泥人形”にしか見えていないのだ。確かにうまく造り上げることが出来たのだろう。
けれどエルヴィスにはそれが、“己の最も理想とする女”に見えるようになっている。淡い桃色の髪の毛に、翡翠を溶かしたような緑色の瞳。その姿は正に、嘗て婚約相手として挙がっていた、公爵令嬢の姿と瓜二つだった。
呆れたものだ、と、グレースは元夫の滑稽な笑顔を見ながら思う。疾うに終わった縁談に、手に入れられるはずだった輝かしい未来に、未だ情けなく縋り付いているとは。
「これは悲劇か? それとも――」
“人間用”の麗しいドレスを着せられ、豪華なネックレスやピアスまでつけられた奇っ怪な泥人形を、“新しい妻”として嬉々と紹介する男。そんな彼を前に、男爵はどうにか愛想笑いを繕っているけれど、夫人の顔は歪に引き攣っているのが遠目にも分かる。すっかり腫れ物扱いされているのは、周囲に居る他の人々の軽蔑めいた様子を見れば明らかだ。
「喜劇なんだろうか」
シエルの問いに、グレースはくすりと笑う。
「さあ。どうなのでしょう」
彼が“真実の愛”の相手として見つけたアシュリンは、この世に存在しない。彼女は感情も思考もない、ただの泥人形でしかないのだから。端からエルヴィスを愛せるはずもない。それでも彼は、“真実の愛”だと信じ込んでいる。ただ独りだけ。
男爵夫妻と別れ、今度は子爵家の当主に声をかけようとしているエルヴィスを眺めつつ、グレースはグラスに残っていた葡萄酒をひと思いに呑み干す。通りかかった給仕に、空になったグラスを渡して隣を見遣ると、苦笑を滲ませながらこちらを見つめるシエルと目が合った。
「――“悪女”を演じるには、君は少しやさしすぎたな」
紡がれた言葉の意味――というより、真意――が読み取れず、グレースは僅かに目を瞠らせながら、首を傾ける。
どこをどうとれば、“やさしすぎた”などと言えるのだろう。これは正義かと問われれば、否、と答えるしかないというのに。嫉妬に駆られた妻の狂気だと思われたくはないけれど。しかし事実として、あの泥人形は復讐の産物でしかないのだから。