燠火(おきび)

第八章 返された封筒

 三堀佳代子は、二〇一九年八月十九日の午前十時過ぎ、パート先のスーパーのバックヤードで倒れた。
 くも膜下出血だった。
 救急車で運ばれ、その日の夜に手術を受けたが、意識は戻らなかった。三日後の朝、五十七歳で死んだ。
 湊は、病室で最期に立ち会った。
 茜も来た。前年の秋以来、母と娘は少しぎこちなかったが、茜は最後の二日間、ずっとベッドの脇にいた。
 母の手を握って、「おかあさん」と何度も呼んだ。
 母は答えなかった。
 死んだあと、看護師が体を拭くのを、湊は廊下で待った。
 その看護師の背格好が、一瞬、更紗に似ていて、湊は目を逸らした。
 葬式は、川越の小さな会館でやった。
 参列者は九人だった。
 母の姉の芳江夫婦と、その息子。近所の人が二人。スーパーの店長と、パート仲間が二人。それに、湊と茜。
 芳江伯母は、湊の顔を見ると泣いた。
「佳代ちゃん、かわいそうに」
 伯母は十五年前、一家を一度だけ家に泊め、二日目に「悪いけど」と言って断った人だった。湊はそのことを覚えていたし、伯母も覚えていた。二人はそのことについて、一度も話さなかった。
 告別式のあと、スーパーのパート仲間の一人が、湊に声をかけた。
 六十くらいの、小柄な女の人だった。
「三堀さんの、息子さん?」
「はい」
「お母さん、いつも息子さんの話してた」
 湊は、頭を下げた。
「パン屋さんなんだって?」
「はい」
「お母さん、休憩室でね、みんなにパンの話するの」
 その人は、ハンカチを握っていた。
「うちの息子が焼いたパンは、皮が硬くて、噛むと音がするんですって」
 湊は、顔を上げられなくなった。
「わたしたち、誰も食べたことないのよ。それなのに、何回も聞かされて」
 その人は、少し笑った。
「一回、食べさせてくださいって言ったの」
「……」
「そしたら、お母さん、困った顔してね」
 湊は、その先を聞きたくなかった。
 聞かなければならなかった。
「うちの子は、遠くにいるから、って言ってた」
 湊は、その場から動けなくなった。
 高円寺から川越まで、電車で一時間だった。
 母が「遠く」と言ったのは、距離のことではない。
 自分が息子の店に行くわけにはいかない、と思っていたのだ。
 母は十三年、息子の焼いたパンを、一度も食べていなかった。
 湊は、そのことに、この日まで気づかなかった。
 通夜の晩、湊と茜は棺の横に座っていた。
 線香の煙が、天井のほうへ細く上がっていた。
「兄ちゃん」
「なに」
「わたし、泣けない」
 茜は正面を向いたまま言った。
「おかあさん死んだのに、泣けないの」
「いいよ、それで」
「よくないよ」
 茜は膝の上で手を握っていた。
「わたしね、去年、おかあさんに、言っちゃったんだ」
「なにを」
「なんで産んだの、って」
 湊は、線香の火を見ていた。
 赤い点が、じりじりと灰になっていく。
「病院で。目が覚めたあと。おかあさんが謝ったから、それで、つい」
「……」
「おかあさん、なんて言ったと思う」
「なんて言った」
 茜は、そこで初めて声が崩れた。
「ごめんね、って」
 湊は妹の背中に手を置いた。
「ごめんね、しか言わないの。あの人。十五年、ずっと。ごめんねしか言わないの」
 茜は両手で顔を覆った。
 棺の中の母は、化粧をされて、生きているときより顔色がよかった。
 湊は、その顔を見ながら、思った。
 この人は、五十七年生きて、そのうち十五年を、ごめんねと言って過ごした。
 遺品の整理は、九月の連休にやった。
 川越のアパートは二間だけで、物は少なかった。母は買い物をしない人になっていた。服はほとんどが十年以上前のもので、化粧品は口紅が一本だけだった。
 押し入れの下の段に、段ボールが二つあった。
 一つは、湊と茜の子どものころのアルバムだった。
 柏尾の家で撮った写真は、一枚もなかった。全部、二〇〇四年以降のものだった。母が捨てたのだろうと湊は思った。
 もう一つの箱を開けたとき、湊は手を止めた。
 封筒だった。
 現金書留の、頑丈な二重封筒。
 それが、輪ゴムで十通ずつ束ねられて、箱の底からぎっしり詰まっていた。
 湊は一つ取り出した。
 宛名は、母の字だった。
 群馬県――戸倉千代様。
 差出人は、三堀佳代子。
 封は、切られていなかった。
 封筒の表に、赤いスタンプが押してあった。
 受取拒絶。
 湊は、次の一通を取り出した。同じだった。次も、その次も。
 箱の中身を全部、床に出した。
 百八十四通あった。
 いちばん古いのは、二〇〇四年四月。いちばん新しいのは、二〇一九年七月。
 十五年と四か月、一月も欠けていなかった。
 茜が、隣で床に座り込んだ。
「これ、なに」
「送ってたんだ」
 湊は言った。
「毎月」
「誰に」
「戸倉さんのおばあさんに」
 茜は口を押さえた。
 湊は、いちばん下の箱の隅に、大学ノートがあるのを見つけた。
 開くと、一行ずつ、日付と数字が書いてあった。
 二〇〇四年四月十日 一 三万円
 二〇〇四年五月十日 二 三万円
 ――
 二〇一九年七月十日 百八十四 二万円
 番号だった。母は、一通ずつ番号を振っていた。
 同じノートの後ろのほうに、別の記録があった。
 面会申込。
 こちらも番号が振ってあった。
 最後の行は、二〇一九年七月二十二日、百八十四、不許可。
 湊は、ノートを閉じられなかった。
 母は、十五年、月に一度、二つのことをしていた。
 被害者の家に金を送り、返され、また送った。
 夫に面会を申し込み、断られ、また申し込んだ。
 どちらも、一度も届かなかった。
 それを三百六十八回、繰り返した。
 湊は、その日、封筒を一通だけ開けた。
 いちばん新しいものだった。二〇一九年七月。母が死ぬ一か月前のものだ。
 中には、二万円と、便箋が二枚入っていた。
 母の字だった。
  戸倉千代様
  ご無沙汰しております。三堀佳代子です。
  今年の夏はことのほか暑く、お体はいかがでしょうか。私は先月、腰を痛めまして、少し仕事を減らしました。年ですね。
  少しですが同封いたします。開けずにお戻しくださって結構です。それはわかっております。
  息子の湊は、今年で三十一になりました。パンを焼く仕事をして、十三年になります。東京の店をやめて、いまは少し休んでおります。あの子は昔から不器用で、うまく人に頼れません。そこが父親に似てしまいました。
  娘の茜は二十三です。去年、体を壊しました。私のせいです。いまは少しずつよくなっております。
  こんなことを書いて、どうするのだと自分でも思います。
  あなた様にとっては、聞きたくもないことでしょう。うちの子が何歳になっただの、元気にしているだのと、こんな残酷な話はありません。
  でも、私にはこれしか書くことがありません。
  私は、そちらの詩織さんが生きられなかった年月を、自分の子どもの年で数えるしかできないのです。
  湊が三十一になったということは、詩織さんが亡くなってから、詩織さんが生きた年月の二倍以上が過ぎたということです。
  茜が二十三になったということは、あの子がピアノ教室に通っていた日から、十六回、夏が来たということです。
  毎月、この手紙を書くたびに、私はそれを数えます。
  数えるために、書いております。
  どうか、開けずにお戻しください。
  三堀佳代子
 湊は、便箋を持ったまま、動けなかった。
 茜が横から覗き込んで、途中まで読んで、口を押さえて立ち上がり、洗面所に走った。
 湊は、便箋を封筒に戻した。
 二万円も戻した。
 それから、封筒の口を、そっと閉じた。
 その晩、湊はもう一通だけ開けた。
 いちばん古いものだった。
 二〇〇四年四月。番号一。
 中には、三万円と、便箋が一枚入っていた。
 字が、いまより若かった。まだ、まっすぐ書けていた。
  戸倉千代様
  一月に、息子を連れてお伺いした安西の家内です。
  いまは三堀と申します。
  あのとき、謝るなと言われました。
  その通りだと思いました。
  ですから、これからは謝りません。
  その代わり、月に一度、ご連絡いたします。
  お返しくださって結構です。読まずに捨ててくださって結構です。
  私が、忘れないためにいたします。
  あなた様が、私を忘れることは決してないでしょう。
  それなら、私も、忘れないでいなければならないと思いました。
  安西の家内 佳代子
 湊は、その便箋を膝の上に置いた。
 母は、十六年前の四月に、そう決めたのだ。
 誰にも相談せず、誰にも言わず、一人で決めた。
 そして、そのとおりにした。
 息子にも、娘にも、一言も言わずに。
 湊は、その夜、百八十四通を、日付順に並べ直した。
 六畳の部屋いっぱいに、封筒が並んだ。
 十五年が、床の上にあった。
 湊は、その真ん中に座った。
 自分は、この十六年、何をしていたのだろうと思った。
 パンを焼いていた。
 名前を変えて、嘘をついて、好きな人と暮らして、幸福だった。
 母が毎月、返される封筒を出しているあいだ。
 湊は、床に手をついた。
 声を上げて泣いた。
 この十六年で、二度目だった。
 一度目は、まるみ製パンの裏口の前だった。
 もう一つ、見つけたものがあった。
 母の鏡台の引き出しの奥に、茶封筒があった。
 中に、離婚届が入っていた。
 夫の欄だけ、記入されていた。
 安西邦夫。判も押してあった。日付は、二〇〇四年五月。
 妻の欄は、白紙だった。
 湊は、その紙を照明にかざした。
 筆圧の強い、角ばった字だった。父の字だ。工場の作業日誌でしか見たことのない字。
 あの人は、拘置所から、これを送ってきたのだ。
 妻が名前を書けば、その日から他人になれた。
 母は、書かなかった。
 十五年、書かずに、鏡台の奥にしまっていた。
「兄ちゃん」
 茜が後ろから覗いた。
「それ、なに」
「離婚届」
「……お父さんの?」
「うん」
 茜は、それを長いこと見ていた。
「おかあさん、なんで出さなかったんだろう」
「わからない」
「愛してたのかな」
 湊は答えなかった。
 愛とか、そういう言葉が、この紙の上ではひどく場違いに思えた。
 母は、たぶん、そういうことではなかった。
 母は、逃げなかったのだ。
 逃げられたのに、逃げなかった。名字は変えたが、この一枚だけは出さなかった。
 なぜかと聞かれても、母はきっと答えられなかっただろう。
 湊は、その離婚届を茶封筒に戻して、自分の鞄に入れた。
 十月に、相続の手続きで市役所へ行った。
 母には財産と呼べるものがほとんどなかったが、それでも書類は必要だった。窓口で言われるまま、戸籍謄本を取った。
 紙は、思ったより厚かった。
 母の生涯が、何枚かの紙に印刷されていた。
 湊は、それを窓口の脇の椅子に座って読んだ。
 三堀佳代子。昭和三十七年生まれ。
 その下に、婚姻の記録があった。
 昭和六十年三月。夫、安西邦夫。
 その次の行に、氏の変更の記録があった。平成十六年六月。
 そして、その次はなかった。
 離婚の記載は、どこにもなかった。
 湊は、その空白を長いこと見ていた。
 母は、名字を変えた。子どもの名字も変えた。だが、戸籍の上では、死ぬまで安西邦夫の妻だった。
 名前は変えられても、続柄は変えなかったのだ。
 湊は、窓口に戻った。
 鞄から、茶封筒を出した。
「すみません」
 三十代くらいの男の職員が顔を上げた。
「これ、なんですけど」
 湊は、離婚届を出した。
 職員は、書式を見て、それから夫の欄の判を見た。
「あの、これは」
「母の分が、書いてないんです」
「はい」
「母は、八月に亡くなりました」
 職員の顔が、わずかに動いた。
「これ、いま、出せますか」
 湊は聞いた。
 自分でも、なぜそれを聞いたのかわからなかった。
 出したかったわけではない。
 ただ、出せるのかどうかを、知りたかった。
 職員は、少し困った顔をして、奥の年配の女性を呼んだ。
 女性は書類を見て、湊を見た。
「お母様は、お亡くなりになっているんですね」
「はい」
「そうしますと、この届は、受理できません」
 彼女は静かに言った。
「離婚というのは、生きているお二人のあいだのものですので」
「……」
「死亡によって、婚姻はもう終わっているんです。あとから離婚にすることは、できません」
 湊は、その言葉を飲み込むのに時間がかかった。
「じゃあ、母は」
 湊は言った。
「死ぬまで、あの人の妻だったってことですか」
 女性は、うなずいた。
「戸籍の上では、そうなります」
 湊は、離婚届を封筒に戻した。
「ありがとうございました」
 頭を下げて、窓口を離れた。
 自動ドアを出たところで、足が止まった。
 母は、たぶん、知っていた。
 書けば他人になれることも、書かなければ最後まで妻でいることも、全部わかっていて、十五年、鏡台の奥に入れていた。
 あの人は、逃げ道を持っていた。
 持っていて、一度も使わなかった。
 持っていることを、誰にも言わなかった。
 湊は、市役所の前の駐輪場の脇で、しばらく立っていた。
 自転車が何十台も並んでいた。どれもよく似ていて、どれかが誰かのものだった。
 母は、あの人を許していたのだろうか。
 たぶん、違う。
 母は一度も「お父さんは悪くない」と言わなかった。子どもたちの前で、父を庇ったことは一度もない。
 許していないのに、離婚しなかった。
 それは、湊の知っているどんな言葉にも当てはまらなかった。
 あとになって、湊は父の手紙の中に、この紙の話を見つけることになる。
 ――離婚届を出さなかったな。ばかなやつだ。
 父は、そう書いていた。
 たった二行だった。
 その二行を書くのに、あの人は十五年かかった。
 湊は、その夜、更紗のことを思った。
 この十六年、この封筒を毎月受け取り拒否していたのは、戸倉千代だ。
 更紗は、それを知っていただろうか。
 祖母の家に、月に一度、加害者の妻から現金書留が届く。祖母がそれに赤いスタンプを押して、郵便局に持っていく。
 十歳から二十六歳まで、あの人はその横で育った。
 知らないはずがない。
 湊は、封筒の束を見ながら、その情景を想像した。
 台所のテーブルの上に置かれた、厚い茶色の封筒。
 それを見て、何も言わずに学校へ行く女の子。
 夕方に帰ってくると、封筒はもうない。
 そういう月が、百八十四回あった。
 湊は、床に並べた封筒を、一通ずつ拾って箱に戻した。
 拾いながら、思った。
 自分は、あの人の人生の、何を知っていたつもりでいたのだろう。
 五年半、隣にいて、何も知らなかった。
 四十九日が済んで、部屋を引き払った。
 封筒の箱は、湊が引き取った。
 茜は言った。
「わたし、それ、持てない」
「いいよ」
「兄ちゃん、それどうするの」
「わからない」
「捨てないでね」
「捨てない」
 茜は少し笑った。
 その年の秋、茜は仕事を変えた。
 都内の会社を辞めて、埼玉の小さな介護施設に移った。給料は下がったが、通勤が近くなった。
「兄ちゃん、わたしね」
 引っ越しの日、茜は言った。
「もう、名前を隠すの、やめようと思う」
 湊は妹の顔を見た。
「隠しても、また誰かが調べるでしょ。だったら、最初から知ってる人のところにいたい」
「大丈夫か」
「大丈夫じゃないよ」
 茜は言った。
「でも、大丈夫じゃないまま、生きていくしかないんだと思う」
 二十四歳の妹は、湊よりずっと先を歩いていた。
 十一月、湊は千葉に行った。
 理由は二つあった。
 一つは、海が見たかったからだ。
 もう一つは、千葉刑務所が、その県にあったからだ。
 電車を乗り継いで、内房線に入った。
 窓の外に、いきなり海が出てきた。
 冬の海は、鉛色で、平たかった。波もほとんど立っていなかった。
 湊は途中の小さな駅で降りた。
 汐入という駅だった。降りようと思って降りたのではない。何となく、降りた。
 無人駅だった。
 駅前に、たばこ屋と、シャッターの下りたスナックと、自動販売機が二台あった。
 海までは、歩いて五分だった。
 防波堤に登ると、風が強くて立っていられなかった。
 沖に、船が二艘見えた。
 湊は、そこに三十分ほど座っていた。
 立ち上がって、町のほうへ戻る途中、一軒の建物の前で足が止まった。
 平屋の、古い店舗だった。
 シャッターは半分だけ開いていて、中に段ボールが積んであった。前面のガラスに、色あせた張り紙がしてあった。
 貸店舗。
 中を覗くと、奥に、四角い黒いものが見えた。
 湊は、目を凝らした。
 石を積んだ、窯だった。
 昔、この店はパン屋だったのだ。
 いや、パン屋ではなかった。あとで聞いた話では、炭屋で、正月には餅もついていたという。窯はそのころのものらしい。
 湊は、しばらくガラスに額をつけて、その黒い塊を見ていた。
 窯というのは、不思議なものだ。
 人がいなくなっても、そこに残る。
 石を積んだだけのものだから、壊すのに金がかかる。だから、みんな放っておく。
 放っておかれた窯は、何十年でもそこにいて、火を待っている。
 湊は、張り紙の電話番号を、スマートフォンで写真に撮った。
 その夜、宿の窓から海を見ながら、湊は考えた。
 じいさんの言葉を思い出していた。
 ――償いを生き方にするか、生き方を償いにするか。
 十一年間、意味がわからなかった。
 わかりかけていた。
 償いを生き方にすると、人は、詫びるために生きることになる。詫びは相手に届かない。届かないから、いつまでも終わらない。母がそうだった。
 生き方を償いにするというのは、たぶん、逆だ。
 毎朝起きて、火を入れて、粉を練って、腹の減った誰かにパンを渡す。それを、死ぬまでやめない。
 それは誰も救わない。誰も生き返らない。
 でも、やめてしまえば、自分は、ただの人殺しの息子として消えるだけだ。
 湊は、母のノートを思った。
 百八十四。百八十四。
 あの人は、数え続けた。
 自分も、数え続けよう、と湊は思った。
 ただし、封筒ではなく。
 パンの数を。
 朝の数を。
 その日、湊は三十一歳だった。
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