マッチングアプリの待ち合わせ相手がまさかの営業部エース御曹司で思わずバックレたら、見合いを断るための偽装恋人を頼まれてしまいました
「てか、波田スゲー変わったな」
「っ……」
私が返事をしなくても、お構いなしに言葉を続ける。
喉の奥が詰まって、言葉が出なくなったのは私だけで、彼は何とも思っていないのだ。
「最初誰か分かんなかったもん。てか、ココから出てきたってことは……華蘭の社員? 俺さ、獅子王で働いてるんだ」
ほら、とスーツのポケットに入れていた社員証を出して見せる。
そこには、獅子王のロゴと彼のフルネームが明記されているカードがあった。
獅子王とは、華蘭と同じく製薬会社。
会社の規模も似ており、ライバル会社である。
もし、私が華蘭ではなく獅子王に入社していたとすれば、彼と一緒に働いていたかもしれなかったという可能性が、私の呼吸を浅くする。
「てかさ、肌スゲー綺麗になってんじゃん」
そう言って、彼が私の頬に手を伸ばす。
「っ、い、いやっ……!」
一歩退いてきゅっと目を閉じて顔を逸らす。
すると、ピタリと動きが止まり「はぁあ」と大げさにため息を吐かれた。
「は? ノリ悪」
まるで、私が悪いかのように言う。
視線も鋭くて、一気に中学校へ引き戻されたようだ。
「ま、これも縁だろ。飲み行こうよ」
勝手に話を切り替えて、私の腕を強引に掴んで自分の方に引き寄せる。
(い、嫌っ……嫌だっ……!)
心では必死に否定する。
けれど、声が出ない。
周囲は、私たちのことに気付いているようだが、わざわざ面倒なことに首を突っ込む人なんていない。
小さく首を左右に振る。
しかし、彼はそれで止めるような人ではない。