魔法より、君に恋をする。
 レオンハルトが向かったのは、あの中庭だった。

 学院の奥。

 普段ほとんど人が来ない、小さな噴水のある場所。

「やっぱりここ」

「嫌だった?」

「ううん」

 リリアは噴水の縁に腰掛ける。

「ここ好き」

「僕も」

 レオンハルトも少し離れて座った。

 夕暮れの空。

 水の音。

 実戦祭前日の学院とは思えないくらい静かだった。

「話って何?」

「急かすね」

「気になる」

「少し休んでからでもいい?」

「いいよ」

 しばらく、二人で何も話さなかった。

 以前なら気まずかったかもしれない。

 今は平気だった。

「……こういうのも普通?」

 リリアが聞く。

「何が?」

「何もしないで座ってるの」

「十分普通じゃないかな」

「ノアも何もしないの好きって言ってた」

「フェルディナンドが?」

「うん」

「意外だな」

「レオン先輩も好き?」

「好きだよ」

「じゃあ一緒」

「そうだね」

 レオンハルトは噴水を見る。

「僕の場合、何もしなくていい時間が少ないからかもしれないけど」

「王子様だから?」

「うん」

「大変」

「同情してくれる?」

「ちょっと」

「ちょっとか」

「だっていいこともあるでしょ」

「例えば?」

「お金持ち」

 レオンハルトが吹き出した。

「そこ?」

「違う?」

「違わないけど」

「美味しいもの食べられそう」

「君、王族を何だと思ってるんだろう」

「王族」

「答えになってないよ」

 笑いが落ち着く。

 レオンハルトは少しだけ俯いた。

「でも、そうだね。いいこともある」

「ならよかった」

「ただ」

 水音の向こうで、声が少し変わった。

「自分がどこまで王子で、どこから僕なのか、分からなくなる時はある」

 リリアは横を見る。

「違うの?」

「どうだろう」

「レオン先輩はレオン先輩でしょ」

「簡単に言うね」

「難しい?」

「僕には少し」

 レオンハルトは笑った。

「第二王子として求められるものがある。学院でも、家でも、外でも。誰に会っても、相手が見ているのは最初に『第二王子レオンハルト』だから」

「私も最初そうだった」

「うん」

「だから殿下って呼んでた」

「そうだったね」

「でも今は違う」

 レオンハルトがリリアを見る。

「どう違う?」

「レオン先輩」

「……それだけ?」

「結構違うよ」

「聞かせてほしいな」

 リリアは考える。

「王子様のレオン先輩は、いつも笑ってて、優しくて、ちゃんとしてる」

「うん」

「普通のレオン先輩は、疲れてる時あるし、ちょっと意地悪な時もある」

「意地悪?」

「私の反応見て笑う」

「それは否定できないな」

「あと寂しそうな時ある」

 レオンハルトの笑顔が止まった。

「……僕が?」

「うん」

「いつ?」

「時々」

「よく見てるね」

「最近見るようになったらしい」

「誰に言われたの?」

「クロフォード先輩」

「なるほど」

「だから」

 リリアは彼を見る。

「私は今の方が好き」

 一瞬。

 水音だけになった。

「……今、何て?」

「今の方が好き」

「もう一回言うんだ」

「聞いたから」

「そうだけど」

 レオンハルトは片手で口元を覆った。

「レオン先輩?」

「少し待って」

「最近みんな待たせる」

「これは君が悪い」

「なんで?」

「自覚がないから」

「何の?」

「……今はいい」

「またそれ」

「本当に今はいいんだ」

 しばらくして、レオンハルトはようやく手を下ろした。

 耳が少し赤い。

「照れてる?」

「そういうところは見なくていいよ」

「なんで?」

「僕にも守りたいものがあるから」

「王子の威厳?」

「それ」

 リリアが笑った。
< 159 / 296 >

この作品をシェア

pagetop