魔法より、君に恋をする。
「会長」

 低い声。

 振り返ったリリアは少し驚いた。

「クロフォード先輩?」

 黒髪の青年が入口に立っていた。

 三年生を示す深紅の徽章。カイル・クロフォードは、リリアの姿を認めた瞬間、わずかに表情を強張らせた。

「……アステル」

「こんにちは」

「ああ」

 相変わらず会話が短い。

 カイルはルシアンへ視線を移した。

「頼まれていた資料を持ってきた」

「ありがとう。そこに置いてくれる?」

「ああ」

 数冊の本を机へ置く。

 そのまま帰るのかと思ったが、カイルの目がリリアの前に開かれた魔導書へ向いた。

 動きが止まった。

「……それを、見せたのか」

 声が低くなる。

 リリアが二人を見比べる。

 ルシアンはいつもの穏やかな表情を崩さない。

「偶然開いただけだよ」

「閉じろ」

「クロフォード先輩?」

「アステル。その本から離れろ」

 命令するような言い方だった。

 リリアの眉が寄る。

「嫌です」

「……」

「理由を言ってください」

「危険だからだ」

「何が?」

「その術式が」

「どんなふうに?」

「それは――」

 カイルが言葉を詰まらせる。

 リリアは椅子から立ち上がった。

「ノクス先輩もクロフォード先輩も、そればっかり」

「何?」

「私に何か隠してるのに、危ないから見るなとか、今は教えられないとか。理由を説明しないのに言うことだけ聞けって、おかしくないですか?」

 カイルが黙った。

「私は子供じゃありません」

「十五だろ」

「先輩と二歳しか違いません」

「そういう意味じゃない」

「じゃあどういう意味ですか?」

 言い返され、カイルの眉間に皺が寄る。

 怒っているようにも見える。

 けれどリリアには、それとは少し違うように思えた。

 怖がっている。

 何を。

 リリアには分からない。

「カイル」

 ルシアンが静かに名前を呼んだ。

「彼女の言う通りだよ」

「お前は黙ってろ」

「僕の方が先輩なんだけど」

「数か月だろ」

「それでも先輩は先輩だ」

 二人の会話を聞いて、リリアは瞬いた。

「仲良いんですか?」

「良くない」

「長い付き合いではあるね」

 同時に違う答えが返ってきた。

「どっちですか」

「良くない」

「カイルが素直じゃないだけ」

「黙れ」

 初めて見るカイルだった。

 リリアの前ではいつも無口で、必要以上に近づこうとしない。そんな彼がルシアン相手には遠慮なく言い返している。

 少しだけ面白い。

「笑うな」

「笑ってません」

「口元」

 指摘され、リリアは口元を手で隠した。

「クロフォード先輩、意外と普通に喋るんですね」

「俺を何だと思ってる」

「怖い人」

「……」

「リリア、それ本人に言うんだ」

「だって怖いです」

 ルシアンが笑いを堪えている。

 カイルは何か言いたそうにしたあと、結局諦めたように息を吐いた。

「……悪かった」

「何がですか?」

「命令したことだ」

 意外だった。

「でも、その本は今日は閉じてくれ」

「理由は?」

「今の俺には、全部説明できない」

「またそれ」

「分かってる」

 カイルの声には苛立ちではなく、苦しさが滲んでいた。

「勝手なことを言ってるのも分かってる。それでも頼む」

 リリアはカイルを見る。

 入学式の日。

 魔晶石が砕けたあと、彼はリリアの手を見せろと言った。

 断ると、命令するのではなく「頼む」と言った。

 そして傷がないと分かった時、ひどく安心した顔をした。

 今も同じだ。

 カイルは、自分を心配している。

 理由は分からない。

 それが少し腹立たしくて、同時に無視できなかった。

「……分かりました」

 リリアは魔導書を閉じた。

 カイルの肩から、わずかに力が抜ける。

「ありがとうございます、は?」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 ルシアンが吹き出した。

「カイルが一年生に躾けられてる」

「うるさい」

「先輩、怖い顔してるともっと怖いですよ」

「お前も追い打ちをかけるな」

 思っていたより。

 やっぱり普通の人なのかもしれない。
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