魔法より、君に恋をする。
 資料室を出る頃には、外はすっかり夕方になっていた。

「送る」

 カイルが言った。

「え?」

「女子寮まで」

「今日は俺が」というような言葉ではなく、ただ短く告げられる。

「一人で帰れます」

「昨日男子寮へ行こうとしたんだろ」

 リリアがルシアンを見る。

「言いました?」

「言ってないよ」

「じゃあなんで知ってるんですか」

「噂になってる」

「嘘!」

「本当だ」

 カイルは真顔だった。

「一年の首席が男子寮へ入ろうとして会長に止められたって」

「入ろうとしてません!」

「似たようなものだろ」

「違います!」

 恥ずかしい。

 よりによって、そんなことが噂になっているとは思わなかった。

「……帰る」

「だから送る」

「お願いします」

 諦めた。

 ルシアンが楽しそうに手を振る。

「気をつけて」

「先輩は来ないんですか?」

「僕はまだ仕事があるからね」

「そうですか。じゃあまた明日」

「うん。また明日」

 リリアがカイルと一緒に廊下の向こうへ消えていく。

 その背中が見えなくなってから、ルシアンは資料室へ戻った。

 机の上に残された黒い魔導書を見下ろす。

 しばらくして、静かに表紙へ手を置いた。

「……十二、か」

 リリアには何も教えていない。

 それでも彼女は数えた。

 正確に。

 ルシアンは眼鏡を外し、疲れたように目元を押さえた。

「まだ早いよ、リリア」

 誰に聞かせるでもなく呟いた声は、静かな資料室へ溶けていった。
< 19 / 296 >

この作品をシェア

pagetop