魔法より、君に恋をする。
アレンルート 第36章 あなたの好きな私
翌朝、リリアは昨日より少しだけ早く教室へ向かった。
アレンとは「明日も会う」と言ったものの、時間も場所も決めていない。それでも学院にいればそのうち会うだろうと思っていたし、わざわざ探しに行くほどでもないと思っていた。
そう思っていたはずなのに、中央棟へ入ったところで赤い髪を探している自分に気づいた。
「……いない」
「誰が?」
隣から声がして、リリアは振り返った。
セシルがいた。
「おはよう」
「おはよう。誰か探してた?」
「アレン先輩」
「朝から?」
「昨日、明日も会うって言ったから」
セシルは少しだけ目を細めた。
「約束したの?」
「時間は決めてない」
「じゃあ、会いたいんだね」
「……そうなる?」
「ならない?」
聞き返されると困る。
昨日は確かに会いたかった。だから探しに行った。今日も、姿が見えないと気になる。
「たぶん」
「そっか」
セシルはそれ以上何も聞かなかった。
二人で一年生棟へ向かおうとした時、後ろから足音が聞こえた。
「リリア!」
振り返る。
探していた赤がこちらへ走ってくる。
「アレン先輩」
「よかった、いた」
「探してた?」
「おう」
「私も」
アレンが止まった。
昨日と同じ。
分かりやすい。
「……朝からそういうこと言うなよ」
「本当だから」
「だから困んだよ」
でも。
嬉しそうだった。
「何の用?」
「これ」
小さな紙袋を渡される。
開けると。
焼き菓子が入っていた。
「何?」
「昨日、甘いもん好きって言ってただろ」
「くれるの?」
「いらねえなら俺が食う」
「いる」
すぐに袋を閉じる。
「ありがとうございます」
「おう」
「買ってきてくれた?」
「朝練の帰りにな」
「私のために?」
「……そうだけど」
また。
耳が赤くなる。
「アレン先輩って」
「何だよ」
「思ってたより可愛いですね」
「は?」
「リリア」
セシルが笑いを堪えている。
「それ以上はやめてあげた方がいいよ」
「なんで?」
「アレン先輩がかわいそうだから」
「お前まで何言ってんだ!」
朝から怒鳴られた。
それでも。
紙袋は。
大事に鞄へ入れた。
*
その日の実技授業は、二年生との合同訓練だった。
担当教員が組み合わせを読み上げる。
「リリア・アスター。アレン・ヴァーミリオン」
名前を聞いた瞬間、少し嬉しかった。
自分でも分かるくらい。
「よろしくお願いします」
「おう」
向かい合う。
アレンは訓練用の剣を持っている。
リリアは杖。
「今日は魔法と近接戦闘の連携訓練だ。上級生が前衛、一年生は後衛を担当しろ」
教師の説明を聞きながら、アレンが振り返る。
「俺の後ろから離れんなよ」
「嫌です」
「は?」
「私も前行きます」
「今の説明聞いてたか?」
「後衛って言われただけで動くなとは言われてない」
「お前な……」
「私の魔法、近い方が当てやすいのもあるし」
「危ねえだろ」
「アレン先輩が守ってくれるんでしょ?」
言うと。
アレンが黙る。
「……それ言われると弱えな」
「じゃあ行きます」
「ただし俺より前には出んな」
「努力します」
「絶対って言え!」
開始の合図が鳴る。
二人で走った。
*
思ったより。
相性がよかった。
アレンは速い。
考えるより先に身体が動くタイプに見えるのに、実際には周囲をよく見ている。リリアが魔法を撃つ瞬間には必ず射線を開け、敵役の魔法人形がこちらへ向かえば最短距離で間へ入る。
「右!」
「分かってる!」
「上!」
「見えてる!」
「後ろ!」
「それは見えてない!」
「ほら!」
アレンの剣が。
リリアの背後へ迫っていた人形を弾く。
「ありがとう!」
「だから俺より前出んなっつっただろ!」
「今は横!」
「そういう問題じゃねえ!」
怒られながら。
魔法を放つ。
命中。
「よし!」
「喜んでる場合か!」
「当たった!」
「見りゃ分かる!」
楽しい。
戦っているのに。
自然と笑っていた。
最後の一体。
アレンが剣で動きを止める。
「リリア!」
「うん!」
魔力を集める。
放つ。
直撃。
終了の合図が鳴った。
「やった」
思わず。
アレンを見る。
彼も。
笑っていた。
「やるじゃねえか」
「でしょ?」
「ただし三回前出た」
「数えてた?」
「当たり前だ」
「細かい」
「心配してんだよ!」
言いながら。
アレンが。
リリアの頭へ手を伸ばす。
でも。
途中で止まった。
「何?」
「いや」
「頭?」
「昨日嫌がっただろ」
手を戻そうとする。
その瞬間。
なぜか。
少し。
残念だった。
「今日はいいですよ」
「……いいの?」
「頑張ったから」
「何だそれ」
笑いながら。
今度こそ。
大きな手が。
頭へ触れる。
軽く。
撫でる。
昨日より。
ずっと。
意識した。
手の温度。
指先。
近い身体。
見上げると。
赤い瞳。
目が合った。
アレンの手も。
止まる。
「……リリア」
「何?」
声が。
少し低い。
なぜか。
胸が。
速くなる。
「やっぱ何でもねえ」
先に。
手を離された。
「何?」
「近かった」
「アレン先輩が触ったんでしょ」
「そうだけど」
アレンが。
顔を逸らす。
「俺にも色々あんだよ」
「色々?」
「今は知らなくていい」
最近。
それが多い。
知らなくていい。
まだ言えない。
昔の話はしたくない。
リリアは。
少しだけ。
不満だった。
*
訓練後。
水を飲みながら休んでいると、アレンのところへ二年生の女子生徒が来た。
「アレン、さっきすごかったね」
「ん? ああ」
「最後の連携、綺麗だった」
「リリアが合わせたからな」
「アスターさんもすごかったね」
女子生徒がこちらへ笑う。
「ありがとうございます」
「アレン、午後の訓練も出る?」
「出るけど」
「じゃあまた組めたらよろしく」
「おう」
普通の会話。
それだけ。
女子生徒は友人のところへ戻っていく。
なのに。
リリアは。
少しだけ。
面白くなかった。
「……仲いいんですね」
「誰と?」
「今の人」
「同じクラス」
「へえ」
「何だよ」
「別に」
「何かあるだろ」
「ないです」
「顔に出てる」
「出てない」
「出てる」
アレンが。
じっと見る。
「近い」
「見てんだよ」
「何を?」
「お前の顔」
「だから近い」
「……もしかして」
アレンの口元が。
少し上がる。
「妬いた?」
「何を?」
「俺が他の女と話してたから」
「違います」
即答した。
でも。
胸の中。
少しだけ。
引っかかる。
「本当に?」
「本当」
「じゃあなんで機嫌悪いんだよ」
「悪くない」
「悪いだろ」
「普通です」
「ふーん」
アレンが。
嬉しそう。
「何笑ってるの?」
「別に」
「絶対何かある」
「ねえよ」
「あります」
「お互い様だろ」
言い返せない。
アレンは。
まだ笑っている。
少し。
腹が立った。
「アレン先輩」
「ん?」
「モテるんですよね」
「知らねえって」
「告白されたことあるって言った」
「あるけど」
「付き合ったことは?」
アレンの笑顔が。
少し消える。
「ない」
「一回も?」
「ああ」
「なんで?」
「好きじゃなかったから」
簡単な答え。
「好きな人いた?」
「いた」
「……昔の私?」
今度は。
完全に。
表情が止まった。
「リリア」
「昨日言ってたから」
「それは」
「私だったんでしょ?」
「……ああ」
胸が。
また。
変な感じになる。
嫉妬。
さっき。
女子生徒に感じたものとは。
少し違う。
昔の自分。
自分なのに。
自分ではない。
「じゃあ」
リリアは。
アレンを見る。
「今、私を好きなのも、その続き?」
アレンの眉が。
僅かに動く。
「どういう意味だよ」
「昔の私が好きだったから、今の私も好き?」
「違う」
即答だった。
強い声。
リリアが。
少し驚く。
「……違うの?」
「違う」
アレンは。
迷わない。
「最初は」
そこで。
少しだけ。
言葉を探した。
「お前を見た時、あいつだと思った」
赤い瞳が。
リリアを見る。
「顔も同じだった。声も似てた。魔力も。俺はずっと探してたから、やっと見つけたって思った」
「うん」
「でも」
アレンは。
少し笑った。
「全然違った」
「……悪口?」
「違えよ」
「全然違うって」
「最後まで聞け」
「はい」
「昔のお前は、もっと……」
言いかけて。
止まる。
「やっぱ言わねえ」
「なんで?」
「比べたくねえから」
リリアは。
目を瞬く。
「昔のお前がどうだったか説明したら、お前は絶対、自分と比べるだろ」
「比べるかも」
「だから嫌だ」
「でも気になる」
「いつか話す。全部」
「いつ?」
「俺がちゃんと話せるようになったら」
「今は無理?」
「……無理」
アレンが。
少しだけ。
苦しそうに笑う。
「でも一個だけ言える」
「何?」
「俺が今好きなのは」
目を逸らさない。
「今、俺の前にいるお前だ」
胸が。
大きく鳴った。
「昔のお前が好きだったことも嘘じゃねえ。でも、それを理由に今のお前を好きだって言ってるわけじゃない」
「いつから?」
「何が?」
「今の私を好きになったの」
聞くと。
アレンが。
少し考える。
「分かんねえ」
「分からない?」
「気づいたら、昔と違うことで腹立って、違うことで笑って、違うことで心配してた」
「私、そんなに腹立たせてる?」
「そこ拾うな」
「気になった」
「お前が勝手に突っ込むたびに寿命縮んでんだよ」
「まだ若いから大丈夫」
「そういうとこだ!」
怒鳴る。
でも。
すぐ。
笑った。
「そういうお前を、好きになった」
今度は。
逃げなかった。
リリアも。
逃げられなかった。
赤い瞳を。
ずっと見ていた。
「……ずるい」
「何が?」
「アレン先輩だけ、もう好きなの」
「俺に言われても」
「私はまだ分からない」
「知ってる」
「待てる?」
聞いた瞬間。
アレンの表情が。
変わった。
ほんの一瞬。
痛みに似たもの。
「……待つよ」
「どれくらい?」
軽い気持ちで。
聞いた。
でも。
アレンは。
笑わなかった。
「いくらでも」
その声が。
あまりにも静かで。
リリアの胸が。
痛くなる。
「アレン先輩」
「ただ」
アレンが。
一歩。
近づく。
「今度は、ちゃんと俺の前で決めてくれ」
「何を?」
「俺を好きになるか。ならねえか」
リリアは。
見上げる。
「逃げないで?」
「違う」
アレンの声が。
少しだけ。
掠れた。
「いなくならないで」
胸が。
締めつけられる。
その言葉の意味を。
まだ。
全部は知らない。
でも。
冗談ではないことだけは。
分かった。
「……分かった」
答える。
「ちゃんと言う」
「約束な」
「うん」
アレンの手が。
また。
リリアの頭へ伸びる。
今度は。
途中で止まらなかった。
優しく。
髪へ触れる。
「それでいい」
低い声。
近い。
胸が。
また。
速くなる。
リリアは。
ようやく。
少しだけ。
分かった。
さっき。
他の女の子と話している彼を見た時。
面白くなかった理由。
自分を好きだと言われた時。
嬉しかった理由。
今。
頭を撫でられて。
離れてほしくないと思う理由。
まだ。
好きとは。
言えない。
でも。
昨日より。
確実に。
近づいている。
*
放課後。
二人で校門まで歩いた。
「今日は飯行かねえの?」
アレンが聞く。
「毎日は太る」
「昨日普通の飯だっただろ」
「甘いものも食べた」
「お前が頼んだんだろ」
「美味しかった」
「ならいいじゃねえか」
「今日は帰る」
「そっか」
少し。
残念そう。
それが。
また。
嬉しい。
「でも」
「ん?」
「途中まで一緒に歩く?」
「……おう」
すぐに。
顔が明るくなる。
「アレン先輩」
「何だよ」
「やっぱり分かりやすい」
「うるせえ」
歩く。
昨日と。
同じ道。
でも。
今日は。
指が触れない。
少し。
物足りない。
昨日は。
偶然。
何度か触れて。
最後に。
小指だけ。
繋いだ。
今日は。
アレンの手は。
身体の横。
近い。
でも。
触れない。
リリアは。
少し迷って。
自分から。
小指を伸ばした。
触れる。
アレンが。
歩きながら。
こちらを見る。
「……何?」
「昨日もしたから」
「そうだけど」
「嫌?」
「嫌なわけねえだろ」
アレンの小指が。
絡む。
それだけ。
手を繋ぐより。
ずっと。
小さな接触。
なのに。
胸は。
昨日より。
速かった。
「アレン先輩」
「ん?」
「私」
何を言おうとしたのか。
自分でも。
分からない。
だから。
少し考えて。
そのまま。
言った。
「今のアレン先輩のこと、もっと知りたい」
絡んだ小指が。
僅かに。
強くなる。
「……おう」
「昔のことも、いつか」
「ああ」
「でも今は」
夕方の道を。
二人で歩く。
「今のことから」
アレンが。
笑った。
「それがいい」
赤い髪が。
夕日に染まる。
リリアは。
その横顔を。
少し長く。
見ていた。
昔の自分が。
この人をどう思っていたのか。
まだ知らない。
でも。
今の自分が。
この人を見ている。
それだけは。
確かだった。