魔法より、君に恋をする。

アレンルート 第37章 触れたい理由

アレンと小指を繋いで歩いた翌日、リリアは自分の右手を見ながら授業を受けていた。

 昨日触れていたのは本当に小指だけだった。手を握ったわけでも、抱きしめられたわけでもない。それなのに、思い出すたびに指先へ感触が戻ってくるような気がする。

「リリア」

 隣から小声で呼ばれ、顔を上げるとセシルが呆れたようにこちらを見ていた。

「先生、見てるよ」

「え」

 慌てて前を見る。

 教師と目が合った。

「アスター。私の授業より自分の手の方が興味深いか?」

「今はちょっと」

 教室に笑いが起きた。

「正直なのは結構だが、後にしろ」

「はい」

 教科書へ視線を戻す。

 隣でセシルが肩を震わせている。

「笑った?」

「少し」

「ひどい」

「だって、ずっと右手見てるから」

「考え事してた」

「アレン先輩?」

 すぐに名前を出されて、リリアはセシルを見る。

「なんで分かるの?」

「最近のリリア、アレン先輩のこと考えてる時だけ分かりやすいよ」

「そう?」

「うん」

 セシルはそれ以上からかわず、前を向いた。

 リリアも授業へ戻ろうとしたが、数分後にはまた昨日のことを思い出していた。

 好きなのか。

 まだ分からない。

 ただ、会いたいと思う。自分以外の女の子と話していると少し面白くない。触れられると意識するし、触れられないと物足りない。

 それを恋と呼ぶには、あと何が必要なのだろう。

     *

 昼休み、食堂へ向かう途中でアレンを見つけた。

 向こうもすぐに気づいた。

「リリア」

 名前を呼ばれるだけで、少し嬉しい。

「お昼?」

「おう。お前も?」

「うん」

「じゃあ一緒に食うか」

「いいですよ」

 自然に隣へ並ぶ。

 昨日までなら、それだけだった。

 今日は。

 アレンの手が気になる。

 大きい。

 指が長い。

 昨日はそこへ自分の小指を絡めた。

「何見てんだ?」

「手」

「俺の?」

「うん」

「何で?」

「昨日のこと思い出してた」

 アレンが足を止めた。

「お前さ」

「何?」

「何でもそのまま言うのやめねえ?」

「なんで?」

「俺の心臓がもたねえ」

「鍛えてるのに?」

「そういう意味じゃねえ!」

 また怒られた。

 でも、やっぱり耳が赤い。

「アレン先輩」

「今度は何だよ」

「手、繋ぐ?」

 今度こそ。

 完全に止まった。

「……は?」

「嫌ならいいけど」

「嫌じゃねえ!」

 声が大きい。

 廊下にいた何人かが振り返った。

「声」

「お前のせいだろ!」

「私普通に聞いただけ」

「普通に聞く内容じゃねえんだよ!」

「昨日小指繋いだ」

「それとこれは違うだろ!」

「何が?」

「全部だよ!」

 よく分からない。

 でも。

 アレンが嫌ではないことだけは分かった。

「じゃあ」

 リリアは。

 手を差し出した。

「はい」

「……マジか」

「嫌?」

「だから嫌じゃねえって」

 アレンが。

 恐る恐る。

 手を伸ばす。

 触れる。

 大きな手が。

 リリアの手を包む。

 昨日とは違う。

 ちゃんと。

 手を繋いでいる。

「……どう?」

 聞く。

「何の感想だよ」

「繋いだ感想」

「言わせんな」

「私は好きかも」

 アレンが。

 こちらを見る。

「手繋ぐの」

「……そっちかよ」

「他に何が?」

「何でもねえ」

 少し。

 残念そうにも見える。

 でも。

 手は。

 離さなかった。

     *

 食堂まで。

 そのまま歩いた。

 人が増えても。

 アレンは離さない。

 むしろ。

 誰かが近くを通るたび。

 少しだけ。

 握る力が強くなる。

「迷子にならないですよ」

「そういう意味じゃねえ」

「じゃあ何?」

「……離したくねえだけ」

 胸が。

 また。

 大きく鳴る。

「アレン先輩」

「何だよ」

「そういうの急に言う」

「お前にだけは言われたくねえ」

「私も?」

「お前の方がひでえよ」

「そうかな」

「会いたかったとか、手繋ぐとか、何の準備もなく言いやがって」

「思ったから」

「俺だって思ったから言ってんだよ」

「じゃあお互い様?」

「……そうだな」

 少し。

 嬉しかった。

     *

 食堂では向かいに座った。

 当然。

 手は離れた。

 それが。

 少しだけ。

 寂しい。

 自分でも。

 驚いた。

 たった数分。

 繋いでいただけなのに。

「何だよ」

「何でもない」

「今日それ多くね?」

「アレン先輩も言うでしょ」

「俺はいいんだよ」

「ずるい」

 昼食を食べる。

 今日は。

 アレンが肉。

 リリアは魚。

「肉じゃない」

「毎日肉食ってると思ってんのか?」

「うん」

「俺を何だと思ってんだ」

「強い人」

「雑だな」

「好きな食べ物何ですか?」

「急だな」

「今のアレン先輩を知りたいって昨日言ったから」

 アレンの表情が。

 少し柔らかくなる。

「肉」

「やっぱり」

「でも何でも食う」

「甘いものは?」

「食える」

「好き?」

「普通」

「嫌いなもの?」

「特にねえな」

「好きな色」

「赤」

「髪も目も赤いのに?」

「関係ねえだろ」

「全部赤」

「お前は?」

「紫とか青系」

「目みてえな色?」

「そうかも」

「似合うな」

 自然に。

 言われた。

「ありがとうございます」

「そこは照れねえのかよ」

「褒められるの慣れてる」

「……そうだったな」

「何その反応」

「美人って自覚あんだなと思って」

「あります」

「言い切るのすげえな」

「事実なので」

「まあ事実だけど」

 アレンが。

 何でもないように。

 同意する。

 今度は。

 少し。

 照れた。

「……今のは恥ずかしい」

「何でだよ」

「アレン先輩に言われたから」

 箸が止まる。

「お前」

「何?」

「俺に言われると違うの?」

 聞かれて。

 考える。

「たぶん」

「なんで?」

「分からない」

「……そっか」

 アレンは。

 少しだけ。

 嬉しそうに笑った。

     *

 放課後。

 実技訓練場へ行った。

 今日は合同授業ではない。

 リリアが。

 アレンへ頼んだ。

「近接戦闘を教えてほしい?」

「はい」

「何で急に」

「この前、後ろ取られたから」

「俺が守っただろ」

「毎回アレン先輩がいるわけじゃない」

 その瞬間。

 表情が変わった。

「……いる」

「え?」

「いや」

 アレンが。

 目を逸らす。

「何でもねえ」

「今、いるって」

「忘れろ」

「無理です」

「じゃあ聞き流せ」

「毎回守るつもり?」

「できるなら」

 迷いのない答え。

「でも無理でしょ」

「……分かってる」

 アレンが。

 苦しそうに笑う。

「だから教える」

 木剣を。

 一本渡される。

「まず構え」

「こう?」

「違う」

 アレンが後ろへ回る。

「右足もう少し引け」

「これ?」

「もうちょい」

 足で。

 位置を示される。

 次に。

 手。

「握りすぎ」

「落としそう」

「落ちねえよ。力抜け」

 大きな手が。

 リリアの手へ重なる。

「……近い」

 思わず。

 言った。

 アレンの身体が。

 止まる。

「悪い」

 すぐ。

 離れようとする。

「嫌じゃない」

 今度は。

 リリアが止めた。

「ただ近いなと思っただけ」

「……お前、本当に」

「何?」

「無自覚なのか、わざとなのか分かんねえ」

「何が?」

「いい」

 後ろに。

 アレンがいる。

 背中のすぐ近く。

 腕の横に。

 彼の腕。

 手の上に。

 手。

 意識すると。

 急に。

 落ち着かなくなる。

「アレン先輩」

「ん?」

「心臓速い」

「俺に言うな」

「アレン先輩も?」

「……速えよ」

 少しだけ。

 安心する。

「同じ」

「それで安心すんな」

「なんで?」

「俺は安心できねえから」

 声が。

 近い。

 耳の近く。

 リリアは。

 何となく。

 振り返った。

 失敗だった。

 近すぎる。

 顔が。

 すぐそこ。

 赤い瞳が。

 こちらを見る。

 アレンも。

 動かない。

 息が。

 聞こえそう。

 さっきまで。

 手を繋ぐだけで。

 あんなに。

 恥ずかしかったのに。

 今は。

 もっと近い。

「……リリア」

 低い声。

「はい」

「離れた方がいい」

「なんで?」

「俺が困る」

「何に?」

 聞いた瞬間。

 アレンの目が。

 僅かに細くなる。

「それ聞くな」

 いつもより。

 ずっと。

 低い。

 胸が。

 速い。

 でも。

 怖くない。

 むしろ。

 離れられる方が。

 嫌だと思った。

「離れたくないって言ったら?」

 自分で。

 言ってから。

 驚いた。

 アレンは。

 もっと驚いていた。

「……お前」

 手が。

 リリアの腰へ行きかける。

 でも。

 触れる前に。

 止まった。

 拳を握って。

 戻す。

「今日はここまで」

「え?」

 アレンが。

 大きく。

 一歩離れる。

「なんで?」

「無理」

「何が?」

「俺の理性」

「理性?」

「分かんなくていい!」

 また。

 怒られた。

 でも。

 顔が。

 今までで一番。

 赤かった。

「アレン先輩」

「何だよ!」

「可愛い」

「帰れ!」

     *

 訓練場を出る頃には。

 二人とも。

 少し落ち着いていた。

「怒ってる?」

 リリアが聞く。

「怒ってねえ」

「帰れって言った」

「勢いだ」

「じゃあ一緒に帰る?」

「……帰る」

 隣へ並ぶ。

 でも。

 今日は。

 アレンから。

 手を出さない。

「手」

「今日は駄目」

「なんで?」

「さっきの後で無理」

「繋ぐだけなのに」

「お前には分かんねえよ」

「じゃあ私から」

 手を取った。

「おい!」

「嫌?」

「……嫌じゃねえ」

「じゃあいい」

 指を。

 絡める。

 今度は。

 小指だけではない。

 ちゃんと。

 手を繋ぐ。

 アレンは。

 しばらく。

 何も言わなかった。

「アレン先輩」

「ん?」

「今日、楽しかった」

「俺は寿命縮んだ」

「昨日も言ってた」

「お前といると毎日縮む」

「じゃあ離れる?」

 聞くと。

 握る力が。

 強くなった。

「それは嫌だ」

 即答。

 胸が。

 温かくなる。

「じゃあ一緒にいる」

「……おう」

 夕暮れの道を。

 歩く。

 手を繋いで。

 昨日より。

 近い。

 でも。

 まだ。

 恋人ではない。

 それが。

 少しだけ。

 もどかしくなっている。

「アレン先輩」

「何だ?」

「私、好きになる途中かもしれない」

 足が。

 止まった。

 リリアも。

 止まる。

 アレンを見る。

「……誰を?」

「今それ聞く?」

「聞くだろ!」

「アレン先輩」

 答える。

 赤い瞳が。

 大きくなる。

「たぶん」

「たぶんかよ」

「まだ途中だから」

「……そっか」

 アレンは。

 笑った。

 嬉しそうに。

 でも。

 少しだけ。

 泣きそうにも見える。

「十分だ」

「それでいい?」

「ああ」

 繋いだ手を。

 もう一度。

 握る。

「ゆっくりでいい」

 その声が。

 優しかった。

「俺は待てる」

 また。

 その言葉。

 待てる。

 いくらでも。

 どうして。

 そんなに。

 待つことへ慣れているのだろう。

 リリアは。

 聞きたかった。

 でも。

 今日は。

 聞かなかった。

 代わりに。

 手を。

 少し強く。

 握り返した。

 アレンが。

 こちらを見る。

「何?」

「何でもない」

「それ俺の台詞だろ」

「使ってみた」

「返せ」

「嫌」

 笑う。

 アレンも。

 笑った。

 その横顔を見ながら。

 リリアは。

 思った。

 もっと。

 知りたい。

 今の彼も。

 昔の彼も。

 自分が知らない。

 三百年も。

 まだ。

 その長さを。

 知らないまま。
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