魔法より、君に恋をする。

第八章 恋の話は苦手です

 入学から三週間が経つ頃には、リリア・アステルという名前は一年生の間ですっかり有名になっていた。

 入学試験首席。歴代最高の実技評価。初日の魔力測定で魔晶石を破壊し、授業では教本の術式を勝手に改良した。そこまでなら単なる天才として扱われていただろうが、本人が頻繁に道に迷い、食堂のパンを選ぶのに妙に時間をかけ、話してみれば思っていたほど近寄りがたい性格でもなかったため、最初にあった距離は随分となくなっていた。

 昼休みになれば、クラスの女子生徒たちから声をかけられることも珍しくない。

「リリア、これ見て」

 昼食を終えた直後、前の席に座っていた女子生徒が一冊の雑誌を机へ広げた。

 学院の女子生徒向けに発行されている情報誌らしい。おすすめの店や菓子、流行の髪型などが載っている中、一際華やかな見出しが目に入る。

『今年も開催! アルカディア学院・憧れの先輩特集』

「……何これ」

「毎年あるんだって。学院で人気の先輩を紹介するやつ」

「勝手に?」

「本人には一応許可取ってるらしいよ」

「断れない人もいそう」

 真っ先にレオンハルトの顔が浮かんだ。

 ページをめくる。

 予想通りだった。

「いる」

 金色の髪と青い瞳。いつもの完璧な笑顔を浮かべたレオンハルトが、大きく掲載されている。

『誰にでも優しい学院の王子様! 第二王子レオンハルト・エル・グランツ様』

 リリアは写真を見つめた。

「……やっぱりこっちの笑い方なんだ」

「え?」

「何でもない」

 あの中庭で見た、少し疲れた笑顔の方が好きだと思った。

 本人にはもう言ったので、改めて口にする必要もない。

「次もすごいよ」

 ページをめくられる。

『近寄りがたい美貌も魅力? 三年首席カイル・クロフォード先輩』

「怖そうに写ってる」

「実際怖くない?」

「思ったより怖くないよ」

 答えると、周囲の女子生徒たちが一斉にこちらを見た。

「話したことあるの?」

「あるよ」

「クロフォード先輩と!?」

「寮まで送ってもらった」

「えっ」

「なんで?」

「迷ったから」

「……ああ」

 なぜか納得された。

 最近、迷子というだけで大抵のことが説明できるようになっている気がする。

「次はノクス会長」

『微笑みの奥は誰にも読めない。学院最強の頭脳を持つ生徒会長』

「これは合ってる」

「リリア、会長とも知り合いなの?」

「資料室貸してもらった」

「何で!?」

「魔法の本読みたかったから」

「普通の一年生は生徒会長に頼んで特別資料室借りないよ」

「そうなの?」

「そうだよ!」

 どうやら普通ではなかったらしい。

 さらにページをめくる。

『喧嘩上等、でも実力は本物! 赤髪の問題児アレン・ヴァーミリオン』

「機嫌悪そう」

「写真でも?」

「いつも通り」

「知り合いなんだ……」

「昨日一緒にご飯食べた」

「えっ!?」

「また迷ってたら食堂まで連れてってくれた」

「……リリアって迷子になるたびに男の人と仲良くなってない?」

 言われてみれば、そんな気もする。

「迷うのも悪くないのかも」

「絶対そういう結論じゃない」

 周囲から笑い声が上がった。

 その時、別の女子生徒が雑誌を覗き込む。

「でも今年の一年生なら、男子はフェルディナンド君が人気だよね」

「ノア?」

「そう。顔いいし、話しやすいし、優しいし」

「軽いけどね」

「そこがいいって子もいるんじゃない?」

 リリアは少し離れた席を見る。

 ノアは男子生徒たちと話していた。

 こちらの視線に気づいたのか、すぐに目が合う。

 笑顔で手を振られた。

 リリアも振り返す。

「……距離近くない?」

「友達だから」

「へえ」

 何やら含みのある声が返ってきた。

「それなら女子は絶対セシルでしょ」

「分かる!」

「昨日も剣術部で先輩に勝ったらしいよ」

「制服もパンツなの格好いいよね」

「背高いし」

「笑うと優しいし」

「手も綺麗」

 急に周囲が盛り上がる。

 リリアは少し考えた。

「分かる」

「でしょ!?」

「セシル、格好いいよね」

「リリアもそう思う?」

「うん。剣持ってる時すごく格好いい」

 素直に答えると、なぜか女子生徒たちが顔を見合わせた。

「……お似合いだよね」

 誰かが呟く。

「何が?」

「何でもない!」

 まただ。

 学院には「何でもない」が多すぎる。

「でもさ」

 一人が声を潜める。

「リリアって、結局誰が好きなの?」

 教室が妙に静かになった。

「……誰?」

「だから、恋愛で」

「いないけど」

 即答すると、今度は本当に静まり返った。

「え?」

「好きな人いないよ」

「一人も?」

「うん」

「気になる人も?」

「気になる人ならいる」

「誰!?」

 一斉に身を乗り出され、リリアは少し引いた。

「ルシアン先輩」

 女子生徒たちがざわめく。

「やっぱり会長!?」

「違う。隠し事してるから」

「そっち!?」

「カイル先輩も」

「二人!?」

「アレン先輩も怪しい」

「三人!?」

「レオンハルト先輩も少し変」

「四人!?」

「ノアは――」

「僕は?」

 突然背後から声がした。

 振り返る。

 いつの間にかノアが立っていた。

「近い」

「僕の名前が聞こえたから」

「ノアも時々変」

「良かった。仲間外れじゃなかった」

「何の?」

「こっちの話」

 女子生徒たちが明らかに面白そうな顔をしている。

「つまり、五人とも気になるってこと?」

「だから恋愛じゃなくて」

「じゃあセシルは?」

「好きだよ」

 今度は別の意味で静かになった。

「友達として」

「ああ……」

「なんで残念そうなの?」

「いや、別に」

 リリアは首を傾げた。

「そもそも、恋愛で好きってどうやって分かるの?」

 何気なく聞いただけだった。

 しかし周囲は再び騒がしくなった。

「会いたくなるとか!」

「触れたいとかじゃない?」

「他の子といると嫌とか」

「特別扱いされたら嬉しいとか!」

「顔見ただけでドキドキするとか!」

 次々と答えが返ってくる。

 リリアは真剣に考えた。

「……全部、友達でもあるんじゃない?」

「強敵だ」

「これは難しい」

「リリア、恋愛向いてないかも」

「失礼」

 笑い声が上がる。

 ノアだけは笑いながらも、少し考えるようにリリアを見ていた。

「僕は簡単だと思うけどな」

「何が?」

「恋愛で好きかどうか」

「どうやって分かるの?」

「その人に、自分を一番に選んでほしくなったら」

 リリアが瞬く。

 周囲の女子生徒たちも少し静かになった。

「一番?」

「うん」

 ノアは笑う。

「友達が何人いてもいいし、大切な人が何人いてもいい。でも、その中で自分だけは特別でいたいって思ったら、結構分かりやすいんじゃない?」

「ノア、急にまとも」

「急にって何?」

「いつも軽いから」

「傷ついた」

 ノアが胸を押さえる。

 周囲から笑い声が上がり、さっきまでの妙な空気も消えた。

 けれどリリアは、その言葉だけを少し考えていた。

 一番に選んでほしい。

 今の自分には、まだよく分からない。
< 37 / 278 >

この作品をシェア

pagetop