八月の蛍

あとがき ――柚木数馬という刑事について

 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 『八月の蛍』は、二十年前の夏に町を出た男が、白い石を二十個だけ遺して川で見つかる話でした。書いているあいだ、ずっと手元にあった問いは一つです。—いなかった二十年を、あとから受け取ることはできるのか。

 木戸初枝が、寝る前に石を一つずつ触る場面。あそこがこの物語の芯です。事件が解けても、失われた歳月は戻りません。それでも人は、遅れて届いた二十年を、一年ずつ受け取り直すことができる。そう信じて最後まで書きました。

  *

■ 柚木刑事シリーズは、ベリーズカフェで続きます

 『八月の蛍』のあと、柚木数馬と三雲拓海には、冬が来ます。

 『忘れ雪』(九月二十四日公開・完結)
 初雪の夜、八十歳の女が城見署に現れ、六十年前に男を一人殺したと告げる。だが記録を洗っても、その年に事件は存在しない。定年を七か月後に控えた柚木は、調べるのではなく、聞き書きを始めます。
 https://www.berrys-cafe.jp/book/n1792631

 『約束の庭』(九月二十五日公開・完結)
 児童養護施設の園長が、庭の石段の下で死んでいた。庭の桜は、卒園していった子どもたちの数だけ植えられている。柚木の、最後の事件です。
 https://www.berrys-cafe.jp/book/n1792632

 この三作は、城見町を舞台にした、独立した三つの事件です。『八月の蛍』→『忘れ雪』→『約束の庭』の順に時間が流れていきますが、どこからお読みいただいてもかまいません。

  *

 ところで、この物語の柚木は、本作のために用意した刑事ではありません。Kindleで刊行している『柚木刑事シリーズ』(全三巻)の主人公、県警捜査一課の柚木数馬です。昼行灯と呼ばれ、窓際に置かれた老刑事。派手な推理はしません。調書の一行、自白の言い回し、握りしめられた手のなかの小さなもの—誰も掘り返さなかった細部に立ち止まり、そこに埋められた人間を掘り起こしていきます。

 本作を読み終えた方に、まず読んでいただきたい一冊があります。

 *『二十五年目の放課後 ―冤罪と贖罪の警察ミステリー―』(柚木刑事シリーズ 第二巻)

 終章で、三雲拓海が机の一番下の抽斗を開けます。筆記具の箱の奥に、青いビー玉が一つ。あのビー玉が誰のもので、なぜ拓海がそれを握らずに眺めていられるようになったのか。その答えが、この一冊です。

 二十五年前、中学校の屋上から一人の生徒が転落死した。罪に問われたのは、若い教師。二十五年後の冬、取り壊しを待つ廃校で老教育者が階段下で死に、出所した元教師が「私が殺した」と出頭してくる。動機も供述も完璧。誰もが事件の終わりを確信するなか、ただ一人、柚木だけが首をかしげた。

「あの自白はね、誰かを庇っとる人間のもんです」

 柚木と拓海が出会った、あの冬の事件です。終章の「人の二十年は、他人にわかってたまるものじゃない」という柚木の言葉も、この一冊を読んだあとだと、少し違って聞こえるかもしれません。

  *

 ■柚木刑事シリーズ(全三巻/Kindle/各巻それぞれ独立した事件です)

 第一巻『鏡の湖 ―涙する家族ミステリー二篇―』
 真冬の信州。老舗温泉旅館の当主が、氷点下の夜、コートも着ずに展望台から転落死した。家族が家族であるために守り続けた秘密の話です。

 第二巻『二十五年目の放課後 ―冤罪と贖罪の警察ミステリー―』

 第三巻『冬の身代金 ―柚木数馬の事件簿―』
 一九九五年の冬、消えた身代金八千万円と、汚名を着せられたまま消えた一人の刑事。柚木自身が三十三年、誰にも語らなかった事件です。

 いずれもKindle Unlimitedなら追加料金なしで読めます。Amazonで「柚木刑事シリーズ」、または著者名「あおうえい / しん」で検索するとたどりつけます。

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 ベリーズカフェでは、長編ミステリー『御神渡り(おみわたり)』も毎晩二十一時に連載中です。善い人だった父が殺された。犯人はすぐ自首した。それが嘘の始まりだった—という物語です。
 https://www.berrys-cafe.jp/book/n1792226

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 この物語を最後まで読んでくださったこと自体が、木戸浩太という男の二十年を、誰かが受け取ってくれたということだと思っています。いいねや感想ノート、レビューは、次の一冊を書く燃料になります。よろしければ、そっと置いていってください。

 あおうえい / しん
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【柚木刑事シリーズ 第三作・完結編】各作品は独立した事件です。本作からお読みいただけます。  児童養護施設「若葉園」の園長・桐生誠一が、庭の石段の下で死んでいた。  七十八歳。五十年にわたって園を守り続けた人物だった。  現場に立った県警の柚木は、ひとつの違和感を覚える。転落死にしては、血が少なすぎる。  園長室からは、公式の帳簿とは別に、五十年分の手書きの記録が見つかった。  そこに書かれていたのは、卒園していった子どもたちへ、園長が私費で渡し続けた金の記録だった。  庭には桜が植えられている。一本ごとに、ひとりの子どもの名前がある。  その庭で、園長は誰と、何を約束したのか。  老刑事と若い相棒が、五十年分の記録をたどっていく。  ※作中に、児童虐待および自死を想起させる描写が含まれます。  ※本作は、城見町を舞台にした三部作の完結編にあたります。県警捜査一課の柚木数馬と、若い相棒の三雲拓海。同じ町で向き合った、独立した三つの事件です。 第一作『八月の蛍』(完結)  二十年、母は提灯を灯し続けた。帰らない息子の、目印として。 第二作『忘れ雪』(完結)  積もらずに消える雪を、忘れ雪という。
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善い人だった父が殺された。犯人はすぐ自首した。それが嘘の始まりだ。 「私が突き落としました。三十四年前に私が殺した女の子のことを、あの人に知られたからです」 事件は、四日で解決したはずだった。 長野県諏訪市。氷点下の朝、神社の五十段の石段の下で、元高校教師・遠山克巳の遺体が見つかる。教え子を三十四年にわたって支え続け、地域の誰もが「善い人」と呼んだ男である。冷たくなったその右手には、誰のものともしれない黒いボタンが握られていた。 四日後、廃業した町工場の元社長・牧野常雄が、自ら警察署に出頭する。 だが、疎遠だった娘・千尋と、加害者の息子である中学教師・牧野悠が、それぞれの父の三十四年を掘り返しはじめたとき、供述と噛み合わない事実が一つずつ現れてくる。毎月三万円の送金。事故の六年後に取り付けられたはずの鉄の階段。雪の上に残された、人が一時間座っていた窪み。 諏訪湖の氷は、ゆるんで締まるのを繰り返し、いつか自分の重みで割れる。割れ目は湖を横切る一本の道になり、氷の下にあったものを、湖はそのとき初めて自分で吐き出す。

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