滅びの魔女と楽園の神官
思わず息を呑んだヴィンセントを宥めるように、彼女は肩を竦めた。
「『楽園』とまで呼ばれた国が、たった数年で滅びる。どうしてそうなるのか、興味があるのよ」
彼女が言うと、まるで、国が滅ぶこともさほど特別ではないかのようだ。けれど言葉とは裏腹に、彼女の薄灰色の瞳には、先ほどの微笑みを打ち消す憂いが見えた。遠くを見つめるまなざしは、この国のゆくすえとはまた違う何かを見ているようだった。
「この目で見て……わたしは……」
ふっと周囲が明るくなる。ノインの表情ばかり見つめていたヴィンセントは、何事かと顔を上げて、辺りを白っぽい光がいくつか浮遊しているのに気づいた。そのうちのひとつにノインが手を伸ばし、彼女の指先が触れた瞬間、ひときわ光が強くなる。
「これは、ノインが?」
「そう。暗いところで、便利な魔法でしょう」
光の玉は、ノインの手もと、足下、少し離れたものは、進む先の地面を照らしている。
「あなたは『魔女』なんですね」
「その言葉が正しく使われているところを、久しぶりに聞いたわ」
ノインは少し悲しげに眉を下げていた。
魔女とは本来、魔力を持ち、魔法を操る魔法使いのうち、女性を指す言葉だ。魔女狩りが始まる前まで、暮らしを支える者として、みなに重宝されていた。
「魔女も魔法使いも、この国からほとんどいなくなりました」
「逃げ出して当然よ。いつ魔女狩りの対象になるかわからなくては」
この国に残る数少ない本当の魔女であるはずのノインは、やはり他人事のようにあっさり言った。
「あなたは、なぜ……?」
「わたしには、果たさなければならない役目があるの」
道の先を照らしながら、ノインはヴィンセントの半歩前を歩く。ヴィンセントよりよほど旅慣れているらしい彼女の足取りに迷いがなさすぎて、気を抜くとヴィンセントは遅れがちになってしまう。
「役目とは何か、聞いてもいいですか?」
ノインに追いついて、彼女の横顔を見下ろしたヴィンセントを、ノインがちらりと見遣る。その視線にもの言いたげな雰囲気を感じ取ったものの、ヴィンセントには、彼女が何を言いたいのか、見当もつかなかった。
ノインは前に向き直り、歩きながら答えた。
「記録すること」
「記録?」
「そう。この国のゆくすえを、わたしが記し残すの」
それは、少女ひとりが背負うには、あまりに重い役目に思えた。
ヴィンセントは、言葉を失って立ち止まりかけた。ノインが変わらぬ歩みで進むから、はっとしてまた彼女に追いつく。
「あなたひとりで……?」
「ひとりじゃないわ」