滅びの魔女と楽園の神官
「……ヴィンセント?」

 ふと、周囲がぼうと明るくなった。ヴィンセントの顔の近くに光の玉を浮かべて、ノインがヴィンセントをうかがっている。

「急に黙り込んで、どうかしたの?」

 どうやらもの思いにふけるあまり、受け答えがおろそかになっていたらしい。
 ヴィンセントは、つい顔をそむけてしまった。
 自分の顔が隠しようもなく照らされ、彼女に試されているように感じたのだ。

「すみません、少し、眩しくて」
「いいえ、悪かったわ」

 ノインが光の玉を離す。光を遠ざけられて安堵する自分が、罪を隠した悪人であるような気にさせられる。
 あらゆる手を尽くしても消えない滅びの予兆に、国王や、神官たち、国民も、『滅びの魔女』が国を滅ぼすものだとすっかり思いこんでいる。
 その思いこみが正しいかどうかは、魔女を殺して、星を見上げてみなければわからない。

「顔色が悪いわ。少し休みましょう」

 暗い森の中だというのに、恐れて先を急ぐより、ヴィンセントを気遣ってくれる。
 ノインが国を滅ぼすようには、とても思えなかった。

(……僕はまだ、彼女をよく知らない)

 結論を出すには早すぎる。たとえ、この国に残された時間が、刻一刻と減り続けているのだとしても、ヴィンセントは今すぐ目の前の少女を手にかけることはできないと思った。もう少しの猶予を祈るしかない。

「あなた、街に着いたばかりで、休む暇もなくわたしを助けてくれたものね」

 ヴィンセントの不調の理由を問いただしたりせず、ノインは彼女の水筒を差し出してくれた。貴重な水を惜しむそぶりさえないのだ。

「ありがとうございます。でも、まだ自分のものが残っていますから」

 ヴィンセントは自分の水筒を取り出し、軽く唇を湿らせた。水は残り少ないが、次の宿までは持つだろう。
 水筒を揺らして残量の感触を確かめ、そう思ったヴィンセントの前で、ノインは周囲に浮かべていた光の玉のいくつかを、森の木立のほうへ向かわせた。

「ノイン?」
「あっちに湧き水があるの。念のため、汲んでいきましょう」

 ノインは踏み慣らされていない下草をかきわけ、道を外れた。

「待ってください、うかつに進むと、道を見失ってしまいます」
「大丈夫」

 木々のあいだで立ち止まり、ノインはヴィンセントを振り返って、安心させるように微笑んだ。彼女を見て、吸い寄せられるようにヴィンセントは二歩、三歩と、ノインのもとへ足を進めてしまう。

「一度憶えたものは、忘れないの。わたし」
< 7 / 9 >

この作品をシェア

pagetop