幸せの苦痛

2話「子犬みたいな僕」

僕は、昔から甘えん坊だった。
人と一緒にいることが好きで、信頼した相手には、自分の弱いところも見せたくなる。
美桜の前では、それが特に強くなった。
学校で嫌なことがあった日。
部活で思うようにいかなかった日。
理由はないのに、なんとなく寂しくなった日。
僕は彼女に甘えたくなった。
「今日、ちょっと疲れた」
そう言うと、美桜は優しく笑った。
「そっか。お疲れさま」
そして、僕の頭を撫でてくれた。
その手が、言葉が、表情が。
当時の僕には、何よりも安心できるものだった。
「悠真って、ほんと子犬みたいに甘えてくるよね」
「……嫌?」
「ううん。別に嫌じゃないよ」
そう言って、彼女は僕を抱きしめてくれた。
その瞬間だけは、いろいろなことを忘れられた。
周りの目も、学校での悩みも、自分の中にある不安も。
彼女のそばにいると、無理に強くならなくてもいい気がした。
誰かに弱いところを見せることは、格好悪いことだと思っていた。
でも、美桜はそんな僕を否定しなかった。
だから僕は、彼女の前でだけは素直になれた。
甘えて、笑って、ときには不安を口にして。
それが当たり前になっていった。
僕にとって、恋人という存在は、ただ好きな人というだけではなかった。
嬉しいことを一緒に喜んでくれる人。
苦しいときに、苦しいと言わせてくれる人。
何もできない自分でも、隣にいていいと思わせてくれる人。
美桜は、そんな存在だった。
もちろん、彼女に頼りきりになってしまうことが、いつも正しいわけではない。
当時の僕には、そのことがまだ十分に分かっていなかった。
ただ、彼女がいてくれることが嬉しかった。
彼女が笑ってくれることが幸せだった。
そして僕は、その幸せがずっと続くと信じていた。
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