歳をとっただけの俺に愛が産まれた七日間

Day One ep.3

近づくと、その人物は灰色の服を着て、頭まで深くフードをかぶっていた

岸にしゃがみ込み、手を伸ばして水をすくい上げようとしている

まさか……飲むつもりか?

「その水は飲めないよ」

俺の声に驚いたその人は、肩を大きく揺らした

次の瞬間、足を滑らせてバランスを崩す

俺は慌てて手を伸ばし、腕をつかんで引っ張り上げた

つかんだ腕は細くて、身体は軽かった

その時、俺は思った

子供?

「この池は危ない。 水ならあちらに井戸があるから――」

その人は俺の腕を振り払おうとした

力が弱い、やはり子供?

「う! うう!」

両手を振り回して俺の胸を叩いたが、すぐに力なくその場にへたり込んだ

深くかぶっていたフードが後ろへ落ちる

現れたのは女の顔だった

その顔を見て、俺は眉をひそめた

全身に泥水が乾いたような汚れがついていた

そして、頬から額にかけて赤茶色の斑点が散っている

軍の診療所で見た発疹に似ていた

俺は女の手を取って見る

手のひらにも同じような斑点があった

梅毒……か

鼻をつくような異臭もする

おそらく何らかの感染症にも掛かっている

俺は女を改めて見下ろした

おそらく俺よりは若いだろう、三十代くらいだろうか

ただ、ひどくやつれていて、老け込んで見える

もう自分で立つこともできないようだ、気力のない表情で地面を見つめている

ひどく衰弱しているのはすぐに分かった

病気になって捨てられた……娼婦といったところだろうか

この国では、よくある話だ……

俺は女に声を掛けた

「教会の保護施設が近くにある。 そこまで連れていってあげるよ。 さあ、僕の背中に乗って」

そう言って女の前に背中を差し出す

女はそれでも地面を見つめたまま動かなかった

俺は女に背中を押しつけて、半ば強引に背負った

軽い……まるで子供のような重さだった

背中の女は氷のように冷たい身体をしていた

不憫なものだ……この人はなぜこんな目に遭わなければならないというのか

俺は女を背負って歩き出した

店の近くには教会がある

その隣に、行き倒れた人を受け入れる保護施設があった

施設に空きはないだろうが、俺はたまに教会を訪問して充電や修理を無料でやっていた

この町に受け入れてもらうために始めたことだったが

俺から頼み込んで、お金を寄付すれば無理を聞いてもらえるだろう

そこに入れば暖かい場所で寝れるし、身の回りの世話もしてもらえる

このまま雪の中に残すよりはずっといい

だが……この国には梅毒を治す薬はない

衰弱したこの人は、そう長くは生きられないだろう

彼女に出会ったのは偶然だが……これもなにかの縁だ

せめて最後くらいは、暖かい場所にいさせてあげたかった

そう……この国では、よくある話なのだ

同じ境遇の人を、俺一人で助けきれるわけじゃない

これは俺の気まぐれだ、一度くらい手を差し伸べてもいいはずだ

その時、さっきリサちゃんに言われた言葉を思い出す

『このさい不幸な女の一人くらい助けなさいよ。 この甲斐性なし!』

俺は足を止めた

どうせ俺と結婚してくれる相手なんか見つからない

この背中にいる女を助けて……お礼を期待するのは、そんなに悪いことだろうか?

俺は顔を横に向けた、肩のすぐ後ろに女の顔がある

「もしも返事ができるなら、答えてくれ。 俺はこれから君を教会の保護施設に連れていく。 そこへ行けば、暖かい場所で休める。 食事も出るし、世話だってしてもらえる」

女に反応はない、聞こえてすらいないかもしれない

「でも、君が俺の奥さんになってくれるなら、君の面倒は俺が見る。 その病気だって治してみせる」

そこで初めて女は小さな声を出した

「なにそれ……ばかみたい」

「俺は真剣だ。 君の答えは?」

「別に……いいよ……どうでも」

「分かった」

俺は自分に言い聞かせた

助からないと分かっている命を助けて、相手の人生を奪うことになるとでもいうのか?

「そんなわけがない」

俺はそう言って、自分の店へ向かって歩き出した

鍵を開け、扉を開けて女を連れて入る

店の中には大きな作業机がある

俺はその上の道具や部品を腕で払いのけた、金属が床に落ちる音が響く

構わず女を机の上に横たえた

暖炉に薪を入れて呪文を唱える、小さな火が薪に移り、やがて燃え始めた

俺は着ていたコートを女の身体に掛ける

そして両腕の袖をまくり上げた

「大仕事になる」

俺は彼女の病気を治してやることに決めた

庶民には知られていないが

梅毒を治す薬はなくても、魔法による治療はある

この病は細菌が原因で起こる

であれば、その細菌を魔法で殺し続ければ、いつかは治る

本来は非常に高額な治療で、選ばれた上流階級だけが受けられるものだ

一握りの優秀な魔導士が複数人で行うような治療魔法だ

だが、俺には自信があった

梅毒は初めてだが、戦場では細菌性の感染症をこの魔法で防いできた

この治療を無断で行うことが犯罪なのも分かっている

それでも、俺はやると決めた

俺が両手を女にかざすと青白い光が女を包み込んだ

この魔法の仕組み自体は単純だ

患者の身体に直接入れた魔力で菌に触れて見つけ、小さく弱い攻撃魔法でそれを殺す

それを延々と繰り返すのがこの治療魔法の正体だ

この魔法が難しいのは、この作業を長時間続けることにある

大きな魔力は必要ない、必要なのは高い集中力と忍耐だ

俺の額から汗がしたたり落ちる、若い頃は三時間が限度だった

治療が続けられず、現状維持しかできない経験もした

だが、今の俺は違う

使う当てもないまま、あれからずっと訓練を続けてきた

どうしても、やめられなかった

ひょっとしたら、それはこの人を助けるためだったのかもしれない

歯を食いしばってでも、全てを取り除くまで続ける

行き倒れていたこの人を、結婚相手が見つからない自分の奥さんにするという身勝手な理由のために

だが……

「一度ぐらい、自分勝手なことをしてもいいはずだ」



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