歳をとっただけの俺に愛が産まれた七日間

Day Two ep.1

外が白み始めていた、ため池の方から小鳥たちの声が聞こえる

いつもよりずいぶんと賑やかに感じた

俺は昨日連れ帰った女の治療を続けていた

青白い光に包まれた女は、小さな寝息を立てている

「そろそろ……限界か……」

俺は魔法を止めて額の汗を拭った

「まだまだ細菌を殺し尽くせていない。 これは数日かけてやるしかないな」

夜通し魔法を使い続けた俺は疲弊していた

少しめまいがして、女が眠る作業机に手をついて片膝をつく

若い頃とは比べものにならないくらいに長く続けられた

こんなに集中力が続いたのは初めてだ

それでも、一晩では終わらなかった

俺は少し歯噛みをしながら立ち上がる

「やれるだけのことをやるしかない。 しばらく仕事は休みだ」

俺の店では、仕事のほとんどが魔道具への充電だ、どのみち消耗した今の俺にはできない

そこで気がついた

「そうだ……水」

昨日、この女はため池の水を飲もうとしていた、きっと喉が渇いているはずだ

俺はキッチンに置いてあった水差しから鍋に水を移した

そして魔道コンロに火をつけて沸騰させる

この町の井戸水はそのまま飲めないことはないが、彼女は酷く弱っている

一度沸騰させて冷ましたものを与えなければと思った

沸騰すると火を止めて、俺は手をかざして呪文を唱える

俺の手から小さな氷が次々と落ちた

本来はつららを作って相手を攻撃する魔法だが、俺にできるのはこの程度、それでもこんな時には役に立つ

水が常温程度になったのを確かめ、水差しに戻した

コップと一緒に女のもとへ運び、水を注ぐ

「君、水だよ。 喉が渇いているんだろ?」

女はゆっくりと目を開いた

「み……ず……」

声がかすれていた

唇は乾燥して、ひび割れている

女の頭に手を回して、ゆっくりと起こした

そしてコップをそっと口に当てがう

「ゆっくり飲むんだ」

女はむさぼるように水を飲もうとして、水をこぼした

そしてすぐにむせて咳き込む

俺はコップを机に置き、水差しから水を足した

「大丈夫。 水は沢山あるから慌てなくていい。 ゆっくり……ゆっくり時間をかけて飲んで」

女はまたすがりつくようにコップを持つ俺の手をつかんだ

でも今度は少しだけゆっくり飲もうとしている

それでも口から水が零れ落ちて女はせき込んだ

「大丈夫……大丈夫だ。 落ちついて、ゆっくりだ、ゆっくりと飲んで」

俺は彼女を落ち着かせようと背中をさすった

咳がおさまるのを待ち、もう一度コップを口元へ運ぶ

徐々に女は落ち着きはじめて、何度かに分けて飲ませると

ようやく女の手から力が抜けた、俺はそっと彼女を寝かせる

「何か食べられそうか?」

女は生気のない目で俺を見た

「あなた……何が目的なの……?」

「言っただろ。 助けるから、奥さんになってくれって」

「私……病気だよ? こんな汚い女……どうする気よ……」

「汚い?」

そこで俺は気がついた、彼女はかなり汚れている

顔も髪も、泥がついて乾いたようになっていた

服にもべったりと泥の跡が残っている

昨日は治療を始めることしか考えていなかった

彼女からは異臭がする、この匂いを俺は戦地で何度も嗅いだ

おそらく彼女は梅毒以外にも何かの感染症に掛かっている

細菌などの病原体ならば、同じ魔法で治療できるが……魔法で捕らえるのが難しい場合もある……

「確かに……このままではまずいな。 お風呂はまだ難しそうだから、お湯を持ってくるよ」

「え……ちょっと……」

俺は桶に手をかざして呪文を唱えた、俺の手から水が勢いよく出てくる

次にその水に手を入れて呪文を唱え、火の魔法で湯を沸かした

タオルを何枚か持ち、女のもとへ戻る

湯に浸したタオルを絞って、熱すぎないかを確かめる

「しみたり、痛かったりしたら言ってね」

「なんのつもり……?」

「身体を拭いて綺麗にしたい。 嫌か?」

女は少し驚いたような顔をしたがすぐに元の気力のない顔に戻った

「……好きにすれば」

俺は暖かいタオルで女の顔をそっと拭った

こびりついた泥を湯で湿らせ、少しずつ落としていく

頬から額に散った赤茶色の斑点が、はっきりと見える

彼女の顔立ちは最初の印象よりずっと若く見えた

顔を拭き終えると

小さな桶に湯を移し女の頭を支えながら髪を浸す

絡まったところを指で少しずつほぐした

あっという間に湯が茶色く染まる

俺は湯を入れ替えて

今度は頭皮を優しくもむように洗い始めた

「なんで……?」

「え?」

「他に……もっと……綺麗なのがいるでしょ」

「ああ、綺麗な方がいい。 まずはこの泥を落とそう」

「あんた……ばかなの?」

「あまり頭がいい方ではないな」

女は何か言いたそうに俺を見たが

結局、そのまま目を閉じた、しばらく髪を洗う音だけが響く

「……ねえ」

「どうした?」

「……身体も……拭いてくれない?」

「ああ、拭かせてくれ。 服を脱がせるけど、灯りは少し暗くするから」

「別に……暗くしなくても……いいよ」

「その方が綺麗にしやすいから助かるよ。 着替えも持ってくる。 着替えれば気分が変わると思うよ」

俺は髪の水気をタオルで押さえてから女の頭を下ろした

寝室へ入り、棚から洗濯したばかりの自分の寝巻を取り出す

彼女には大きすぎるだろうが、あの服よりは清潔だ

女のところへ戻ると、彼女は身を起こそうとしていた

肘をつき、苦しそうに息を吐く

「待って、手を貸すから」

俺は背中を支えて起こした

掛かっていたコートを膝へ移して、汚れた上着を脱ぐのを手伝う

上半身裸になると、女は隠しもせずに俺へ身体を見せた

「見なよ……汚いでしょ……病気だって移る。 私には……何もできないよ」

「そうだな。 泥が乾いて、こびりついている。 どこかで泥水にでも入ったのか?」

「は? 私は……病気の話をしてるんだけど」

「病気なら誰だってなる。 清潔にはしないといけないが、病気になった人が汚いわけじゃない」

俺は着替えを椅子に置き、タオルを湯で濡らして、女の背中をそっと拭き始める

「変なこと……言うんだね。 こうなって……見向きもされなくなったのに」

「俺は歳をとってるだけさ。 昔の経験で、そう思うようになっただけだ」

「経験……?」

少しの間、背中を拭いて、タオルをすすぐ音だけが響いた

正直、俺もあまり話したくはない過去だった

でもこの女には、聞いてもらいたいのかもしれない

「俺は軍に勤める魔導士だった。 元々は研究開発の部署にいたが、前の内戦で前線に駆り出されてね。 あまり恵まれた戦線ではなかったから、仲間が大勢死んだ。 その半分は病気で死んだんだ」

「どんな病気……?」

「殆どが赤痢やチフス、あとは敗血症とかさ。 まともな水や食事が足りなかった。 身体を洗うことすら、満足にできなかったんだ。 曲がりなりにも治療の知識があったのは僕だけだったから、軍医の真似事みたいなことをやらされてね。 病人やけが人の世話をしていたよ」

「だから……慣れてるってこと?」

「ああ、毎日のように人の身体を拭いていたからね」

俺は女の背中を拭き終えた

「そんなわけだから、できれば、ほかのところも拭かせてくれないか? 自分でできるところは、自分でやってくれてもいい」

「別に……いいよ。 でも、その前に……」

「その前に?」

「お腹……空いた」

俺は少し嬉しくなった、さっき聞いた時には、何も答えてくれなかったのに

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