歳をとっただけの俺に愛が産まれた七日間
Day Two ep.2
「待っててね」
俺は女に背中から大きなタオルを掛けて上半身を覆う
女の身体が倒れないように一度机に寝かせてから俺はキッチンへ向かう
手を洗って、作り置きの野菜スープが入った鍋を火に掛ける
俺はスープを大きな鍋で作りだめしている
切った野菜を茹でて、塩を入れただけのスープで、味は最悪だが腹の足しにはなる
具は柔らかく煮えている野菜を選んで少しだけ入れ、温めた汁を多めに器によそう
女のもとへ戻ると、彼女は身体に巻いたタオルを両手で握っていた
俺は彼女の背中に手を伸ばしてゆっくりと起こした
「まずはスープをゆっくり飲んで。 ほら、俺が食べさせてあげるから」
「自分で……食べる……」
「そうか。 ゆっくり、無理をしちゃだめだ」
俺は器を手渡し、女はそれを膝に載せてスプーンを握った
女はゆっくりとスープをすくい口へ運ぶ、それを何度か繰り返してから呟いた
「おいしい……」
「え?」
俺は少し驚いた、お世辞にもうまいものではないはずだ
それほどに飢えていたということだろうか
俺は小さな椅子を彼女が乗る机の横へ寄せた
「食べている間に、足を拭いてもいいかい?」
「うん」
裾を必要な分だけ上げて、俺は彼女の足についた泥を落とし始めた
俺は右足を拭き終えると、湯を替えてから左足を拭いた
そうこうしているうちに女はスープを飲み終わった
俺はその器を手に取る
「おかわりを持ってこようか?」
「うん……その前に……名前を教えてよ」
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。 俺はハロルド。 君の名前も教えてくれないか?」
「私はサファイ……ううん……エルザ」
「エルザか」
エルザが俺を見つめる、その目には少しだけ光が入ったように見えた
「ハロルドって……本当に私の病気を治せるの?」
「もう少し時間がかかりそうだけど、なんとかなりそうだ」
「どうせ私には行く当てもないから、ハロルドの奥さんになってもいいけどさ。 本当にいいの? 私って……いいものじゃないからね」
「それは俺も人のことを言えないよ」
エルザは疲れたようなため息をついた
「私の正体は、ただの娼婦。 貧しい田舎で生まれて、姉妹が多かったから、娼館に売られた。 それからは、知らない男の相手をして、家にお金を送るのが私の仕事。 病気になって仕事ができなくなって、ごみみたいに捨てられて、さまよってた。 それだけの女だから」
「そうか。 それは……苦労したんだね」
「がっかりしたでしょ? 役に立つのは身体だけなのに、それすら、この有様…… ハロルドが期待することなんか、私には何一つできないから」
「今は、身体を治すことだけを考えよう。 ほかのことは、そのあとでいい」
エルザは俺を疲れた顔で見つめた
何を言っても、思ったような返事が来ないという顔に見えた
俺は椅子から立ち上がった
「その服を全部脱いで、全身を拭かせてくれないか?」
「タオルを貸して。 自分でやる」
「本当にできそう?」
「うん、食べたら元気出てきたから」
「分かった。 無理はしないでね」
俺は新しいタオルを湯で濡らして渡し、桶を彼女のそばに置いて、後ろを向く
「終わったら呼んで。 スープのおかわりを持ってくるよ」
「うん」
俺はキッチンへ行き、もう一度手を洗った
同じようにスープをよそい、柔らかいパンもひとかけら用意する
「ハロルド、もういいよ」
そう言われて俺が戻ると、エルザは俺が横に置いておいた寝巻に着替えていた
汚れた服を着ていた時とは印象が違う
なんだか彼女が元気になってきている気がして嬉しくなった
「パンも、スープに浸せば食べられるかな。 無理に全部食べなくていいからね」
「ありがとう」
エルザが初めてそう言って小さな笑顔を見せた
俺は不意を突かれた気がして少し戸惑った
「どういたしまして。 食べている間も治療を続けるね」
「うん」
少し魔法を使うのをやめただけなのに、不思議と俺はまだまだ頑張れる気がした
俺は食べ始めたエルザの後ろへ回り肩に手を置く、青白い光が彼女を包み込む
「暖かい……」
エルザが小さく呟いた、スープのことだろうか?
「この光で……治るの?」
「君の中にいる、病気を起こしている悪いものをやっつけているんだ」
「そんなことができる人がいるなんて、聞いたこともない。 ハロルドって凄いんだね」
「俺は歳をとってるだけだよ。 魔導士としては落ちこぼれさ。 ただ、長くやっていれば多少は形になったってだけ」
「長くやってたの?」
「趣味みたいなものだよ。 戦場で会得してからなんとなく練習を続けてた」
「ハロルドは……ずっと頑張ってきたんだね」
一瞬、俺は息が詰まったような気がした
「ほかにできることがなかっただけだよ。 話相手すら家にはいないからね」
エルザはスープに浸したパンを口へ運んだ
少しずつ食べながら店の中を見回す
「ハロルドは、一人で住んでるの?」
「ずっと一人さ」
「何歳なの?」
「四十五歳だよ」
「結婚したことは?」
「残念ながらなくてね。 だから君にお願いしたんじゃないか」
エルザが振り返って俺を見上げた
「なんで? 魔導士なら稼ぎがいいでしょ?」
「家族を養うくらいにはね」
「それなら、ほかに相手がいそうなのに、なんで私なんか……」
「俺は元軍人で、しかも魔導士なんだ。 もう五年も結婚相談所に通ってるが、相手は見つからない」
「軍人で魔導士だと、なんで見つからなくなるの?」
「嫌われているからね」
「なんで?」
俺は少し口を閉じた
エルザは本当に知らないから聞いているようだった
「話してもいいけど、これは誰にも言わないでほしい。 下手に外で話せば、逮捕されてしまうんだ」
「う、うん」
「昔の内戦で、政府軍は焦土作戦を行ったんだよ」
「焦土作戦って?」
「町や村から食料を奪って、残した物を敵に使わせないように壊したり、焼いたりしたのさ。 その役目は、魔導士が引き受けることが多かった。 内戦に勝った政府にとっては都合が悪い事実なんだよ。 だから戒厳令がしかれて公然の秘密になっているんだ。 でも、口には出せなくても、皆は覚えている。 だから嫌われているんだよ」
「じゃあ、ハロルドも壊したの?」
「いや、僕の魔法で壊せるものなんか何もないよ。 僕の役目は充電と治療や雑務さ」
「だったら、そう言えば? 自分はやってないって」
「それはしたくないんだ。 ほかの魔導士だって、やりたくてやったわけじゃない。 できるからやらされた。 僕はできないから、やらずに済んだだけだ。 俺だけは違うなんて言いたくない」
「変なことにこだわるんだね。 やってないんだから、やってないって言えばいいのに」
「確かに、そうかもしれないね。 歳をとると、変な意地が出てくるらしい」
俺はそれ以上は説明しなかった、エルザもそれ以上は聞かなかった
エルザはスープの最後の一口を飲み、器を膝へ下ろした
パンも食べ終えていた
「もう少し食べられるかも」
「またあとで持ってくるよ。 今は少し休もう」
俺はいったん治療を止めた
「あちらにベッドがあるから、横になって。 立てるかい?」
「うん」
エルザは作業机の端から足を下ろした
俺の腕を借りて、ゆっくり立ち上がる
だが、すぐに膝が折れかけて、俺は慌てて肩と背中を支える
「無理はしないで」
「あれ……座ってる時は、大丈夫だったのに」
「ずいぶん弱っているからね。 急には無理だよ。 それにこの魔法は荒療治なところがあるから、足に力が入らないのは、その影響かもしれない」
俺はエルザの背中と膝の下へ手を回し、そのまま持ち上げた
やはり軽い……昨日とは違ってエルザも俺の肩にそっと手を添えてくれた
「こんな風に運ばれるの……初めてかも」
「この方が楽だろ?」
「うん」
俺は寝室へ入り、ベッドにエルザを寝かせて毛布を掛けた
彼女は枕に頭を沈め、長く息を吐いた
「ここ、使っていいの?」
「もちろん」
「ハロルドは?」
「ソファーがあるから大丈夫だよ。 治療を続けるね、眠ってしまっていいから」
俺は椅子をベッドの横へ持ってきて、腰を下ろしてエルザに手をかざす
青白い光が、また彼女を包んだ
「なんか、この光……好き……」
すぐにエルザのまぶたが重くなる
小さな寝息が聞こえ始めた、疲れていたんだろう
食事や身体を拭くために治療を中断している間に、俺も少し休めた、もうしばらくは続けられそうだ
俺は彼女の身体から、まだ残っている細菌を見つけては殺していった
俺は女に背中から大きなタオルを掛けて上半身を覆う
女の身体が倒れないように一度机に寝かせてから俺はキッチンへ向かう
手を洗って、作り置きの野菜スープが入った鍋を火に掛ける
俺はスープを大きな鍋で作りだめしている
切った野菜を茹でて、塩を入れただけのスープで、味は最悪だが腹の足しにはなる
具は柔らかく煮えている野菜を選んで少しだけ入れ、温めた汁を多めに器によそう
女のもとへ戻ると、彼女は身体に巻いたタオルを両手で握っていた
俺は彼女の背中に手を伸ばしてゆっくりと起こした
「まずはスープをゆっくり飲んで。 ほら、俺が食べさせてあげるから」
「自分で……食べる……」
「そうか。 ゆっくり、無理をしちゃだめだ」
俺は器を手渡し、女はそれを膝に載せてスプーンを握った
女はゆっくりとスープをすくい口へ運ぶ、それを何度か繰り返してから呟いた
「おいしい……」
「え?」
俺は少し驚いた、お世辞にもうまいものではないはずだ
それほどに飢えていたということだろうか
俺は小さな椅子を彼女が乗る机の横へ寄せた
「食べている間に、足を拭いてもいいかい?」
「うん」
裾を必要な分だけ上げて、俺は彼女の足についた泥を落とし始めた
俺は右足を拭き終えると、湯を替えてから左足を拭いた
そうこうしているうちに女はスープを飲み終わった
俺はその器を手に取る
「おかわりを持ってこようか?」
「うん……その前に……名前を教えてよ」
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。 俺はハロルド。 君の名前も教えてくれないか?」
「私はサファイ……ううん……エルザ」
「エルザか」
エルザが俺を見つめる、その目には少しだけ光が入ったように見えた
「ハロルドって……本当に私の病気を治せるの?」
「もう少し時間がかかりそうだけど、なんとかなりそうだ」
「どうせ私には行く当てもないから、ハロルドの奥さんになってもいいけどさ。 本当にいいの? 私って……いいものじゃないからね」
「それは俺も人のことを言えないよ」
エルザは疲れたようなため息をついた
「私の正体は、ただの娼婦。 貧しい田舎で生まれて、姉妹が多かったから、娼館に売られた。 それからは、知らない男の相手をして、家にお金を送るのが私の仕事。 病気になって仕事ができなくなって、ごみみたいに捨てられて、さまよってた。 それだけの女だから」
「そうか。 それは……苦労したんだね」
「がっかりしたでしょ? 役に立つのは身体だけなのに、それすら、この有様…… ハロルドが期待することなんか、私には何一つできないから」
「今は、身体を治すことだけを考えよう。 ほかのことは、そのあとでいい」
エルザは俺を疲れた顔で見つめた
何を言っても、思ったような返事が来ないという顔に見えた
俺は椅子から立ち上がった
「その服を全部脱いで、全身を拭かせてくれないか?」
「タオルを貸して。 自分でやる」
「本当にできそう?」
「うん、食べたら元気出てきたから」
「分かった。 無理はしないでね」
俺は新しいタオルを湯で濡らして渡し、桶を彼女のそばに置いて、後ろを向く
「終わったら呼んで。 スープのおかわりを持ってくるよ」
「うん」
俺はキッチンへ行き、もう一度手を洗った
同じようにスープをよそい、柔らかいパンもひとかけら用意する
「ハロルド、もういいよ」
そう言われて俺が戻ると、エルザは俺が横に置いておいた寝巻に着替えていた
汚れた服を着ていた時とは印象が違う
なんだか彼女が元気になってきている気がして嬉しくなった
「パンも、スープに浸せば食べられるかな。 無理に全部食べなくていいからね」
「ありがとう」
エルザが初めてそう言って小さな笑顔を見せた
俺は不意を突かれた気がして少し戸惑った
「どういたしまして。 食べている間も治療を続けるね」
「うん」
少し魔法を使うのをやめただけなのに、不思議と俺はまだまだ頑張れる気がした
俺は食べ始めたエルザの後ろへ回り肩に手を置く、青白い光が彼女を包み込む
「暖かい……」
エルザが小さく呟いた、スープのことだろうか?
「この光で……治るの?」
「君の中にいる、病気を起こしている悪いものをやっつけているんだ」
「そんなことができる人がいるなんて、聞いたこともない。 ハロルドって凄いんだね」
「俺は歳をとってるだけだよ。 魔導士としては落ちこぼれさ。 ただ、長くやっていれば多少は形になったってだけ」
「長くやってたの?」
「趣味みたいなものだよ。 戦場で会得してからなんとなく練習を続けてた」
「ハロルドは……ずっと頑張ってきたんだね」
一瞬、俺は息が詰まったような気がした
「ほかにできることがなかっただけだよ。 話相手すら家にはいないからね」
エルザはスープに浸したパンを口へ運んだ
少しずつ食べながら店の中を見回す
「ハロルドは、一人で住んでるの?」
「ずっと一人さ」
「何歳なの?」
「四十五歳だよ」
「結婚したことは?」
「残念ながらなくてね。 だから君にお願いしたんじゃないか」
エルザが振り返って俺を見上げた
「なんで? 魔導士なら稼ぎがいいでしょ?」
「家族を養うくらいにはね」
「それなら、ほかに相手がいそうなのに、なんで私なんか……」
「俺は元軍人で、しかも魔導士なんだ。 もう五年も結婚相談所に通ってるが、相手は見つからない」
「軍人で魔導士だと、なんで見つからなくなるの?」
「嫌われているからね」
「なんで?」
俺は少し口を閉じた
エルザは本当に知らないから聞いているようだった
「話してもいいけど、これは誰にも言わないでほしい。 下手に外で話せば、逮捕されてしまうんだ」
「う、うん」
「昔の内戦で、政府軍は焦土作戦を行ったんだよ」
「焦土作戦って?」
「町や村から食料を奪って、残した物を敵に使わせないように壊したり、焼いたりしたのさ。 その役目は、魔導士が引き受けることが多かった。 内戦に勝った政府にとっては都合が悪い事実なんだよ。 だから戒厳令がしかれて公然の秘密になっているんだ。 でも、口には出せなくても、皆は覚えている。 だから嫌われているんだよ」
「じゃあ、ハロルドも壊したの?」
「いや、僕の魔法で壊せるものなんか何もないよ。 僕の役目は充電と治療や雑務さ」
「だったら、そう言えば? 自分はやってないって」
「それはしたくないんだ。 ほかの魔導士だって、やりたくてやったわけじゃない。 できるからやらされた。 僕はできないから、やらずに済んだだけだ。 俺だけは違うなんて言いたくない」
「変なことにこだわるんだね。 やってないんだから、やってないって言えばいいのに」
「確かに、そうかもしれないね。 歳をとると、変な意地が出てくるらしい」
俺はそれ以上は説明しなかった、エルザもそれ以上は聞かなかった
エルザはスープの最後の一口を飲み、器を膝へ下ろした
パンも食べ終えていた
「もう少し食べられるかも」
「またあとで持ってくるよ。 今は少し休もう」
俺はいったん治療を止めた
「あちらにベッドがあるから、横になって。 立てるかい?」
「うん」
エルザは作業机の端から足を下ろした
俺の腕を借りて、ゆっくり立ち上がる
だが、すぐに膝が折れかけて、俺は慌てて肩と背中を支える
「無理はしないで」
「あれ……座ってる時は、大丈夫だったのに」
「ずいぶん弱っているからね。 急には無理だよ。 それにこの魔法は荒療治なところがあるから、足に力が入らないのは、その影響かもしれない」
俺はエルザの背中と膝の下へ手を回し、そのまま持ち上げた
やはり軽い……昨日とは違ってエルザも俺の肩にそっと手を添えてくれた
「こんな風に運ばれるの……初めてかも」
「この方が楽だろ?」
「うん」
俺は寝室へ入り、ベッドにエルザを寝かせて毛布を掛けた
彼女は枕に頭を沈め、長く息を吐いた
「ここ、使っていいの?」
「もちろん」
「ハロルドは?」
「ソファーがあるから大丈夫だよ。 治療を続けるね、眠ってしまっていいから」
俺は椅子をベッドの横へ持ってきて、腰を下ろしてエルザに手をかざす
青白い光が、また彼女を包んだ
「なんか、この光……好き……」
すぐにエルザのまぶたが重くなる
小さな寝息が聞こえ始めた、疲れていたんだろう
食事や身体を拭くために治療を中断している間に、俺も少し休めた、もうしばらくは続けられそうだ
俺は彼女の身体から、まだ残っている細菌を見つけては殺していった