その溺愛、予想外につき。
黒崎さんは私と涼を交互に見た。
その視線の鋭さに、背筋がぴんと張る。

「本気で言ってる?」

「本気です」

即答すると、今度は少しだけ目を見開かれた。

たぶん、笑われるかと思っていた。
子どもの思いつきだって、呆れられるかもしれないと思っていた。
でも黒崎さんは笑わなかった。
その代わり、ひどく真面目な顔になった。

「妹さん。気持ちはわかる。でも、これは遊びじゃない」

「はい」

「レッスン、歌、ダンス、メディア対応。全部が仕事だ。しかもデビュー直前のグループに入るんだよ。簡単なことじゃない」

「……はい」

わかってる。
そんなこと、最初からわかってる。

でも、うなずきながらも、私は視線を逸らさなかった。

黒崎さんは続ける。

「それに、君は女の子だろう」

その言葉に、胸がどくんと跳ねる。
はっきり言われると、余計に現実味が増した。

「男装してごまかせるほど、この仕事は甘くない。共同生活もある。着替えもある。近くで見られる。隠し通せる保証なんてない」

ひとつひとつが正論だった。
逃げ道のない、正しい言葉。

隣で涼が苦しそうに俯く。
たぶん兄は、この返答を予想していたのだろう。

それでも私は、唇をきゅっと結んでから言った。

「それでも、やりたいです」

黒崎さんが黙る。
私は怖かった。
足も手も震えている。
でも、ここで諦めたら終わりだ。

「お兄ちゃんは、ずっと頑張ってきました」

自分でも驚くくらい、声はまっすぐ出た。

「誰よりこの日のために努力してきたんです。だから、こんな形で終わってほしくないんです」

言いながら、昨日の兄の顔が浮かぶ。
青白くて、悔しそうで、それでも笑おうとしていた顔。

胸の奥が熱くなった。

「私じゃ代わりになれないのはわかってます。歌もダンスも、お兄ちゃんの方がずっとすごいです」

そこまで言って、一度だけ息をつく。

「でも、空白にするよりましなら。時間をつなぐことだけでもできるなら。やらせてほしいです」

静かなフロアに、自分の声だけが残る。

黒崎さんはしばらく何も言わなかった。
ただ私を見ている。
値踏みするみたいに。
覚悟を測るみたいに。
< 10 / 23 >

この作品をシェア

pagetop